臨遥亭の跡で働く医系技官の独り言 -30ページ目

臨遥亭の跡で働く医系技官の独り言

心に移り行くよしなしごとをそこはかとなく書き連ねています。

 今年5月から、かつて国が行った集団予防接種により、B型肝炎ウイルスに感染させられたとして、国に対して損害賠償を求めている人達(原告)と、被告(国)との間で和解協議が始まっている。
 血液製剤によるC型肝炎感染者への補償にならって、一人当たり2,000万~3,000万円を支払う方向で協議は行われているが、支払い対象を誰にするかで難航している。

 訴訟を起こしている原告は全国でも500人足らずなので、この人たち全員に賠償金を支払ったとしても、総額は150億円程度に過ぎず、日本の国家財政の規模から見て、それ程、問題になる金額ではない。
 しかし、B型肝炎は、キャリア(持続感染者)だけでも総数100万人と推定されている。もしも、この人たち全員を補償の対象とすると、総額は20~30兆円と言う規模になる。

 C型肝炎の場合は、血液製剤が投与された人と言うことで、補償の範囲を限定しているので、150万人と言われるC型肝炎感染者のうちで、補償の対象となるのは、ごく僅か(数百人程度)である。
 しかし、仮に、集団予防接種がB型肝炎感染の原因であることを認めて、集団予防接種を受けた人のみに補償の範囲を限定したとしても、集団予防接種を受けていない人は、ほとんどいないので、補償の対象となる人達の数は、100万人近くになってしまう。

 このため、国は、これまでのB型肝炎訴訟において、原告らがB型肝炎に感染したのは予防接種が原因とは限らないと主張し、賠償の責務は国にはないと主張していたが、結局、国の主張は裁判では認められなかった。
 現在、行われている和解協議は、予防接種、特に集団予防接種によって、原告以外にも数多くの人達がB型肝炎に感染したという事実を前提として行われている。

 ところで、B型肝炎ウイルスの存在が明らかになったのは、比較的新しく昭和40年代のことである。
 また、当初は輸血によって感染する肝炎という認識であり、肝炎が注射器によって感染するという認識は乏しかった。さらに、予防接種によって、B型肝炎に感染する可能性があると考えていた人たちでさえも、肝炎ウイルスへの感染が将来、肝硬変や肝がんに至るものとは考えが及ばず、当時においては、予防接種によるメリットは、肝炎感染によるデメリットを上回ると考えていた。

 愚か、浅慮と言えば、それまでであるが、得てして人間とは、その程度の生き物である。
 昨年の新型インフルエンザ騒動でも、集団予防接種の実施を求める声が各地から湧き上がり、一部の政治家やマスコミは、集団予防接種を行わない国を非難していた。
 それが今では、新型インフルエンザ2009は病原性も低く、国やWHOは騒ぎ過ぎたという話になっている。

 予防接種に限らず、コストやデメリットを正確に見積もり、メリットと比較することは、実に難しいことである。


【B型肝炎の歴史】
1963年 オーストラリア抗原が発見される。ただし、この当時は白血病の原因ではないかと疑われ、肝炎の原因とは考えられていなかった。
1968年 オーストラリア(HBs)抗原が急性肝炎の原因となることが発見される。
1970年 B型肝炎ウイルスを発見する。HBs(Hepatitis B surface)抗原はB型肝炎ウイルスの表面タンパクの一部であった。
1980年頃 乳幼児期にB型肝炎ウイルスに感染すると、感染が持続し、キャリア(持続感染者)となることが知られる。
1990年頃 B型肝炎キャリアになると、長い経過の果てに、慢性肝炎、肝硬変、肝がんとなることが知られる。
2000年頃 成人でもB型肝炎に感染すると、感染が持続し、キャリアとなることもあることが知られる。
2010年現在 一度、B型肝炎に感染すると、たとえ症状が消えて、肝炎は治癒したとしても、体内からウイルスが完全に消えることはないと考えられている。

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B型肝炎訴訟、和解に向け初の進行協議 札幌地裁
【2010/6/21 日本経済新聞】

 集団予防接種の注射器使い回しでB型肝炎ウイルスに感染したとして、全国10地裁で係争中のB型肝炎訴訟のうち、北海道訴訟の進行協議が21日、札幌地裁(石橋俊一裁判長)で行われた。
 一連の訴訟で5月に札幌、福岡両地裁で和解協議入りした後、初の進行協議。国側は救済の具体案を示さなかったとみられ、協議中に様子を知らされた地裁前の原告らは「なお解決先延ばし」「菅内閣も示さず」と書いた紙を掲げ、反発した。
 国側によると、7月6日に札幌地裁で開かれる和解協議に向け、予防接種が感染原因であることについて、どのような証明を原告側に求めるかなどを順次、検討中。証明方法が決まり、救済範囲がある程度定まってから補償額を詰めるという。
 一方、早期解決を求める原告側は、裁判以外にも直接協議の場を持つよう国側に要請。菅直人首相との面会も求めているが、実現していない。
 一連の訴訟では、患者や遺族ら452人が国に損害賠償を求めて提訴。札幌で5月14日に全国で初めて和解協議入りし、福岡が続いたが、具体的な条件交渉は、札幌での協議を軸に行われる。

 世の中には手段の目的化と言われるようなことが実に多い。
 「手段の目的化」とは、本来の目的を見失って、最初は目的を実現するための単なる手段に過ぎなかったことがあたかも本当の目的、究極の目標であるかの如く扱われてしまうことである。
 銚子市立総合病院の再建も、そうした本来の目的を見失ってしまい、病院再建のための再建となってしまった事例の一つであろう。

 病院とは、本来、治療を必要としている人、つまり患者に医療を提供するために存在するものである。患者がいないのであれば、医師も必要ないし、そもそも病院も必要ない。
 病院を再建するために医師を集めるとか、病院経営を安定させるために患者を集めるなどと言う発想は、全く以て本末転倒としか言いようがない。
 患者がいないのであれば、病院は廃止すれば良いのである。

 千葉県内の病院を訪れる外来患者は、人口10万人当たり一日平均952.3人(医療施設(静態・動態)調査・病院報告[平成20年])である。銚子市の人口は70,251人(平成22年6月現在)なので、単純に計算して、毎日668人の銚子市民がどこかの病院に通院している計算になる。
 それに対して、銚子市立病院の1日平均外来患者数は、わずかに10.9人であり、銚子市の通院患者668人の1.6%に過ぎない。つまり、銚子市民の98.4%という圧倒的多数は、市立病院以外の病院に毎日通っているということになる。

 もともと地域住民のための精神科病院としてスタートした銚子市立病院は、政治家らの様々な思惑から、16診療科を擁する総合病院となってしまったが、そもそも銚子市に、これほどの規模の市立病院が必要なのか、最初から大いに疑問のある施設であった。
 目の前に患者がいて、本当に医師が必要とされているのであれば、どんなに条件の悪い病院であっても、そこから逃げ出す医者は滅多にいないものである。日本の医者のモラルは、それほど低くないし、世界的に見れば、高潔な部類に入ると思う。
 しかし、そうした使命感の高さは、自分の医師としての存在に疑問を感じた時に、逆に熱意ややる気を急速に喪失させてしまう原因となる。2日前に猫に手を咬まれた老婆の傷の手当てをするために、銚子に行こうと決意する医者は決して多くはないだろう。

 再建策を考える前に、そもそも銚子市立病院は本当に必要なのか否か、今一度、冷静に考え直しても良いのではないだろうか。

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銚子市立病院、再開1カ月 内科のみの診療、患者1日10人
【2010/6/8 日本経済新聞】

 財政難を理由に休止した銚子市立総合病院(千葉県銚子市)が、1年7カ月ぶりに「銚子市立病院」として診療を再開して1カ月が過ぎた。常勤医1人、診療は内科外来のみでの船出は、1日の平均患者数が10.9人という厳しい状況だ。病院は今後、診療科を増やすために医師の確保に努めるが、離れた患者をどう呼び戻すかなど、多くの課題も抱えている。
 病院内は休止前の姿をとどめていた。待合のテレビに書かれた病院名は「市立総合病院」のまま。フロアの隅にはかつて使われていた器具が、当時のまま置かれていた。
 近所の女性(76)が診療に訪れた。2日前に猫に手をかまれたという。「猫のかみ傷は深いですから。気をつけてくださいね」。看護師が助言する。「手早く処置してくれて助かった」と女性はホッとした表情を見せた。
 病院は指定管理者による公設民営方式をとっている。運営は医師や企業経営者らでつくる「銚子市立病院再生機構」が担う。理事長である笠井源吾院長が常勤医を務め、9人の非常勤医が交代で診療する。野平匡邦市長は複数の診療科をそろえてから再開する道も探っていたが、最終的に早期再開を優先した。
 再生計画では5年後の2014年度末までに、外科、小児科、産婦人科など10科目をそろえることを目指す。科目を増やすために医師の確保を進め、入院が必要な「2次救急」にも対応する。単年度の黒字化は14年度。それまでは赤字での運営を覚悟するという。
 とはいえ、1日の患者がわずか10人強という状況の厳しさは関係者も認める。市病院再生室は「患者は複数の疾患を抱えている場合が多い。複数科目がそろわないと、患者をひき付けることが難しいのかもしれない」と話す。
 体制の充実に今月から月2回の整形外科を始める。非常勤医の1人が睡眠障害に詳しいため、同月中旬から月1回の「いびき外来」も始める。だが地元で最も求められているのは、入院が必要な2次救急など比較的高度な医療への対応。機構の田中肇専務理事は「そのためにも、早い段階で医師を確保することが必要だ」と認める。
 今、田中専務理事が進めているのが、複数の大学から研修医や医師を集め、市立病院に派遣してもらう組織の創設。「大学の医局に似ているが、特定の大学に偏らないのが特徴」(田中氏)。かつての市立病院が特定の大学に医師派遣を頼っていたため、医師の確保に苦労した反省を踏まえているという。秋までには形を整え、派遣に道筋を付ける考えだ。
他施設に流れる
 ただ、医師の確保にめどがついても、患者を呼び戻すのは簡単ではない。銚子市に住む50代男性は、5月に母親が心臓を患い、市内の別の病院で検査を依頼した。「設備も新しく、親切に対応してくれた。以前は市立病院をよく使っていたが、こちらでも問題ないと感じた」と話す。
 休止前の市立病院は16の診療科を抱え、病院にかかり切りの高齢者も多かった。それだけに休止は切実な問題として受け止められ、市長の解職請求にまで発展した。同市在住の40代の男性は「冷静になってみれば、市内の他の医療機関でも補える機能はあった。今はその事実に市民も気づいたのではないか」と語る。
 1度休止に追い込まれた病院を再建するのは、新設よりも難しいといわれる。「1年7カ月の空白期間に別の病院や医院で新たな主治医を見つけた人も多い。多くの市民は再建の様子を見ている」(50代の銚子市民)。市立病院は再建に向け、病院の将来像を早く市民に示す必要に迫られている。

 昨年10月、自殺者の救急搬送を拒否して物議を醸した夕張医療センターが今度は心肺停止患者の緊急搬送を断って、夕張市長から非難されているそうである。
 夕張医療センターは、経営破綻した夕張市から旧夕張市立総合病院を引き継いで発足した医療施設で、村上智彦さんというユニークな医師が理事長を務める医療法人財団 夕張希望の杜が運営する民営の診療所である。

 「医療センター」と言うと、さも大きな病院のようにも聞こえるが、実際はベット数19床、付属の老人保健施設などを含めても医師は院長以下3名という、田舎の個人病院のレベルの小さな診療所に過ぎない。
 当然、夕張医療センターで出来ることは限られているし、ましてや死んだ人を生き返らすようなことは出来ようはずもない。このことは、村上さんは常々、説明しているし、夕張市民も理解している筈なのだが、納得するのはなかなか難しいようである。

 ところで、「心肺停止」というのは、呼吸が止まり、心臓も止まってしまった状態で、以前であれば、「ご臨終」と言われていた状態である。最近は、「脳死」が人の死と言うことになっているようで、心臓が止まっても、まだ、生きているという人もいるが、国民目線・庶民感覚で言えば、既にお亡くなりになられた状態である。

 最近は、蘇生技術が進歩して、患者の状態が良くて、心肺停止から蘇生・救命措置を開始するまでの時間が短くて、なおかつ必要な設備と優秀な医療スタッフが揃っていれば、心肺停止の状態から生き返らせることも不可能ではなくなっているが、診療所のレベルで出来ることは、死亡を確認して、死体検案書を書くことだけである。
 心臓マッサージをして、肋骨をバキバキ折って、ご遺体を傷付けることはできるかも知れないが、とても生き返らせることはできない。

 こうしたことを市長以下、市民が理解し、納得してくれないと、このままでは夕張市から医師が去り、無医村ならぬ無医市になってしまう日も、そう遠くないかも知れない。

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心肺停止男性の救急搬送断る 夕張の市立診療所
【2010/6/2 日本経済新聞】

 北海道夕張市は1日、財政破綻後に市立病院から公設民営化した市立診療所が5月、心肺停止の男性の救急搬送受け入れを断っていたことを明らかにした。男性は別の診療所に運ばれ、死亡が確認された。藤倉肇市長は同日、記者会見で「誠に遺憾」と話した。市立診療所を運営する医療法人「夕張希望の杜」に事情を聴き対策を協議する方針。
 夕張市などによると、5月19日午前8時ごろ、同市旭町で50代の男性が心肺停止となったと119番があった。救急隊は診療所に受け入れを要請したが断られた。