フィンガーダンサー.Blog byケンディジット -52ページ目

道頓堀グリコサイン フィンガーロゴ Finger font Logo hand 指 ハンドロゴ

道頓堀グリコサイン(Glico) Finger font Logo No.238 フィンガーフォントロゴ
大阪道頓堀の名物、江崎グリコの広告ですね。
現在は六代目の看板でフルLEDですが、これは五代目のデザインを再現してみました。
手を108使用

江崎グリコ株式会社(えざきグリコ、英語:Ezaki Glico Company, Limited)は、大阪府大阪市西淀川区歌島四丁目に本社を置く食品メーカーである。

コーポレートメッセージは、“おいしさと健康”。英語によるメッセージ表記は当初「GOOD TASTE AND GOOD HEALTH」とされたが、1992年(平成4年)4月付で現行のCIが導入されたのに合わせ、「A WHOLESOME LIFE IN THE BEST OF TASTE」に改められている。

2015年10月1日に完全子会社だったグリコ乳業株式会社と経営統合し、菓子食品乳製品健康食品などを製造・販売する総合食品メーカーとなった。

恵比寿ビール フィンガーロゴ Finger font Logo hand 指 ハンドロゴ

恵比寿ビール(Yebisu Beer)Fingerfont-Logo No.237 フィンガーフォントロゴ
1889年に誕生した歴史のあるメイドインジャパンのビールメーカーですね。
恵比寿の地名およびJR恵比寿駅は、この会社があったことが由来になっています。
手を128使用

ヱビスビール(恵比寿ビール、戎ビール[要出典]、YEBISUとも)は、サッポロビールが製造・販売する麦芽100%ビール商標プレミアムビールに分類される

サッポロビールの前身である日本麦酒醸造會社に、ドイツ人技師カール・カイザーを招聘して醸造されたビール[2]。当時の名称は「恵比寿麦酒」だった[2]。当初は「大黒天」から命名しようとしていたが、横浜に既に「大黒ビール」が存在したために「えびす」(恵比寿) を採用したという経緯が見られる資料が2000年代に発見されている[2]

恵比寿麦酒は、1900年代には既に世界的な評価を獲得している[2]

1943年昭和18年)にビールが配給制になり、名称が「麦酒」に統一されたことで一旦消滅するが、1971年(昭和46年)に戦後初の麦芽100%使用のビール(熱処理)として復活した。1980年代前半に低迷期に陥ったが、1986年(昭和61年)にパッケージデザインの変更と中味の生ビール化、1988年(昭和63年)に漫画美味しんぼ」の「五十年目の味覚(後編)」(単行本第16巻)で取り上げられたことなどが契機となり、売上が回復し伸びていった[3]。長期間に亘りプレミアムビール市場の首位銘柄となっていたが、2000年代中盤にサントリーザ・プレミアム・モルツが急成長した影響を受け、サッポロビールは2006年平成18年)からヱビスブランドのテコ入れに着手し、同年10月にはヱビスブランド戦略部を立ち上げて「ヱビス」の名を冠した商品を複数販売する展開を始めた[3]

恵比寿のマークそのものがブランド表示とされ、サッポロビールのビール類商品には(他社ライセンス商品を除き)必ずあしらわれるシンボルの「星(★)」が、ヱビスビールには付されない。

麒麟ビール フィンガーロゴ Finger font Logo hand 指 ハンドロゴ

麒麟ビール(Kirin Beer)Fingerfont-Logo No.236
日本一普及している瓶ビールといえばやっぱりキリンビールですね。
実は麒麟のタテガミに小さーく「キリン」という文字が隠されていて、それらもキッチリ再現しました。
手を144使用
112 麒麟
32 タイトル 

 

 

麒麟麦酒株式会社(きりんビール、Kirin Brewery Company, Limited)は、日本の酒造会社である。一般的な企業名表記として、片仮名キリンビール株式会社も用いられる。

現会社は、持株会社であるキリンホールディングス株式会社(旧麒麟麦酒の改組により設立)の子会社で国内総合飲料事業を統括する中間持株会社・キリン株式会社の傘下にあり、ビール発泡酒を製造する事業子会社との位置付けである。企業グループは三菱グループに属する。

 

 

1870年明治3年)にノルウェー系アメリカ人ウィリアム・コープランドが、日本で初めて大衆向けにビールを醸造・販売した企業「スプリング・バレー・ブルワリー(コープランドビール)」を起源とする、日本のビール事業の草分け的企業である。

幾多の変遷を経て、1907年(明治40年)に三菱財閥傘下の日本国籍会社「麒麟麦酒」として新発足。第二次世界大戦後は徐々に生産量を増やし、1954年昭和29年)には、年間庫出量でトップシェアを獲得し、国内ビール企業の地位を確固たるものにする。アサヒビールの「アサヒスーパードライ」の台頭までは、継続的に首位を守った。2009年(平成21年)はアサヒビールがビール類(ビール発泡酒第三のビール)「販売数量」首位となっており、新商品の投入合戦で熾烈なシェア争奪戦を繰り広げているが、発泡酒と第三のビールでは、キリンがトップシェアを獲得していることもあって、2009年(平成21年)のビール類「出荷量」市場シェアは、キリンビールが37.7%とアサヒビールの37.5%をわずかながらも抑え9年ぶりに首位に返り咲いた[1]

ビールの商品構成は多品種で品揃えは業界一、2010年(平成22年)2月時点で定番ビール11銘柄(ライセンス品含む)を製造・発売している。

2007年(平成19年)7月1日、従来の事業持株会社の「麒麟麦酒(旧)」は「キリンホールディングス」と商号変更し、純粋持株会社となった。ビールなどのアルコール飲料の製造・販売事業については、1998年(平成10年)に設立されグループの共通業務を担当し、純粋持株会社制の準備に当たってきた「旧・キリンホールディングス」を改称した事業子会社「麒麟麦酒(新)」に移管された。2007年(平成19年)7月1日以降、この項目では事業会社の「麒麟麦酒(新)」について説明する。

2012年(平成24年)の到来とともに、さらなるグループ再編の一環として「製販分離」を実施。本社に残っていた営業部門を分割し、これにグループでマーチャンダイズ事業を行っていた会社を統合させ、新会社として切り離した[2]。これを一時統合検討相手とされたサントリーグループに当てはめると、この会社が製造を担う「サントリー酒類(初代)」に、分離された新会社が販売を担う「サントリービア&スピリッツ」に、それぞれ相当する[3][4]

2013年(平成25年)に入ると、グループ会社のキリンビバレッジ株式会社・メルシャン株式会社とともに、国内綜合飲料事業会社として、キリングループオフィス株式会社から商号変更したキリン株式会社の傘下に移行した。