すき家 フィンガーロゴ Finger font Logo hand 指 ハンドロゴ
すき家(SUKIYA)Fingerfont-Logo No.245 フィンガーロゴ
牛丼御三家、第二弾。
丼もの専門店では店舗数が日本一で1950店舗もあります。
牛丼トッピングのバリエーションも豊富なお店ですね。
名前の由来は「すき焼き」から来てるそうです、意外ですねー。
手を16使用
すき家(すきや)は、ゼンショーホールディングス傘下のすき家本部が運営する牛丼チェーン店。47都道府県・日本国内店舗数最多の合計1,956店舗(2017年9月現在)を展開している。店舗の看板には屋号とともに、「牛丼」と「カレー」の文字が使われており、牛丼とカレーが主力商品となっている。
中国やタイ、マレーシア、インドネシア、ベトナム、台湾、ブラジル、メキシコなど海外出店も行われている。
1982年(昭和57年)7月に開店した弁当店「ランチボックス生麦店」をルーツとして[1][2]、同年11月に神奈川県横浜市に牛丼業態の1号店「すき家生麦駅前店」を開店した[1][2][3]。「すき家」の名前は複数の由来があり、「みなさまに好きになっていただきたい」という願いを込めた「好き家」からとったという説[4]と、「すき焼き」が由来のひとつであり、実際に創業初期の1983年には「すき焼ディナーセット」といったメニューも扱っていたという[5]。現在「すき家」を運営する「株式会社すき家本部」は、2011年10月に同年9月まで「すき家」を運営していた、株式会社ゼンショー(初代、現:株式会社ゼンショーホールディングス)から会社分割により事業子会社として設立された企業で、全店舗が「すき家本部」の関連会社である地域子会社の直営であり、フランチャイズは一切ない。
創業者でゼンショーホールディングス社長の小川賢太郎は、牛丼チェーン吉野家に1978年(昭和53年)から1982年(昭和57年)まで在籍していたが[6]、近年まで「公式にはそのような話はない」と否定してきた[2]。
駅前や繁華街の省スペースに店を構える従来の牛丼店に比べると、自動車での利用客を想定した、郊外の幹線道路沿いなどに立地する「郊外型店舗」を展開の主軸としている[7]。またカウンター席だけでなく、テーブル席を設けるなど、従来の個人客を中心にしたスタンダードな牛丼店のスタイルに比べ、ファミリーレストランのような家族連れの客を想定した形態になっている[7]。2000年代以降はドライブスルーの設置や、ショッピングセンターのフードコート内への出店に積極的である。
最大の特徴は、牛丼の上に各種トッピングが可能な点であり、さらにカレーライスや各種丼ものなどが存在するなど、多くのメニューを取り揃えている(詳細はメニューの節を参照)。
丼ぶりの中底には、ローマ字で「YOKOHAMA」と書かれている。
吉野家 フィンガーロゴ Finger font Logo hand 指 ハンドロゴ
吉野家(YOSHINOYA)Fingerfont-Logo No.244 フィンガーフォントロゴ
牛丼御三家とよばれる牛丼チェーン店のロゴを公開。
愛称は吉牛。世界各国、中国、台湾、フィリピン、シンガポール、マレーシア、アメリカ合衆国、カンボジア、インドネシアなどに支店を持つ、日本を代表する牛丼チェーン店ですね。 手を40使用
吉野家(よしのや)は、牛丼を主力商品とする、大手外食チェーンストア(牛丼屋)。
株式会社吉野家ホールディングス(略称:吉野家HD)の孫会社・株式会社吉野家(英: Yoshinoya Co., Ltd.、略称:吉野家。株式会社吉野家資産管理サービスの子会社なので吉野家HDの孫会社)が、同店の運営企業である。日本国における牛丼チェーン店舗数では2008年9月末以降、すき家に次いで第2位である(沿革参照)。
本社所在地は、東京都中央区で、日本国だけでなく中華人民共和国、台湾、フィリピン、シンガポール、マレーシア、アメリカ合衆国、カンボジア、インドネシアにも支店を持つ。愛称・通称は「吉牛(よしぎゅう、吉野家の牛丼の略)」(後述)。吉野屋は誤記。
吉野家は、1899年(明治32年)に東京・日本橋で創業。創業者・松田栄吉が大阪府西成郡野田村字吉野(現在の大阪市福島区吉野)の出身だったことから屋号が吉野家になった。
2003年(平成15年)までは牛丼のみの単品販売が特徴的で、2001年(平成13年)夏にはコスト削減による体制を整えた上で外食大手の低価格競争に追随し、牛丼並盛一杯280円という低価格と他のファストフード店と比べても一線を画す配給スピード(築地店店長の盛り付け速度は、1杯あたり15秒)で人気を集めた。バブル崩壊以降、ミスタードーナツやマクドナルドなどと共に、低価格路線を採った外食産業における代表的なチェーン店のひとつであった。
他の牛丼店と同様、原料である牛肉のほとんどがアメリカ合衆国からの輸入であるため、2003年(平成15年)にワシントン州でBSE(牛海綿状脳症)感染牛が確認され米国からの輸入が停止されると牛肉の調達が不能になり、一時牛丼販売の休止に追い込まれ、営業の縮小や、牛カレー丼、豚丼などの代替商品の緊急投入を余儀なくされた。以降は多メニュー展開を行い、牛丼販売再開後も継続している。
牛丼を休止した理由として「米国産牛肉でなければ吉野家の牛丼の味が出せない」「米国産牛肉以外だったらタレの構成配分を変えなければいけない」「別の(肉をメインに使用した)牛丼を出したら『これ違う』と客から文句が出るに違いない」「長期的視野で間違いの少ない選択をするため」との見解を示している[1][2]。
米国産牛肉の輸入再開後、牛丼は販売休止以前よりも高い並盛380円で販売を再開したが、原材料コスト高や採算性のなどの理由で、当時は牛丼の通常価格は値下げしない方針としていた[3]。2000年代後期に発生した牛丼低価格競争では、キャンペーンによる牛丼の期間限定値下げや低価格メニューの投入で対応していたが[3]、2013年になって280円に値下げした[3]。その後消費税の増税により2014年4月に300円になり、さらにその後、米国産牛肉が出荷量減少などで価格高騰。加えて急激な円安による輸入価格上昇で、同年12月17日から380円に値上げした。
サイゼリヤ フィンガーロゴ Finger font Logo hand 指 ハンドロゴ
サイゼリヤ(Saizeriya)Fingerfont-Logo No.242 フィンガーフォントロゴ
再び飲食チェーン店シリーズです。
元は大学生時代にバイトしていた店を、当時の経営者から譲り受けたのがキッカケだそうです。
それが今や全国1000店舗以上あるんですから、その急成長っぷりはすごいです。 手を61使用
株式会社サイゼリヤ(英語: Saizeriya Co,. Ltd.)は、イタリアンファミリーレストランチェーン「サイゼリヤ」を運営する企業。「サイゼリア」と間違えられることもある[1]が、正しくは「サイゼリヤ」である。
現在の会長である正垣泰彦が、東京理科大学在学中に千葉県市川市八幡にある洋食店「サイゼリヤ」で勤務をしていたところ、経営者からその腕を認められ、大学4年生のときに店を譲り受けた。しかしその7ヶ月後に火事を出して休業となる。休業期間中に正垣は、これからはイタリア料理の人気が出ると判断し、洋食店からイタリア料理専門店に転換して店を再開したが、客足はぱったりと途絶えてしまった。正垣は、その原因は価格にあると考え、メニューを全て7割引で販売するという行動に打って出る。この判断が見事的中し、「サイゼリヤ」は行列が出来るほどの大繁盛となった。「この方針ならば売れる」と確信した正垣は、サイゼリヤを低価格路線に乗せ、現在の地位を確立していくこととなる[2]。なお、この店舗はサイゼリヤ1号店教育記念館として保存されている。ただし普段は外部公開されていない。(非営利目的に限り、入れる時もある。)
1973年(昭和48年)5月、正垣は株式会社マリアーヌ商会を市川市八幡に設立。それまで営業していた「レストランサイゼリヤ」のチェーン展開を開始し、千葉県を中心に出店を続けた。1987年(昭和62年)、商号を株式会社マリアーノに、1992年(平成4年)には株式会社サイゼリヤに変更した。
2013年11月には国内1000店舗出店を達成(ファミリーレストラン業界ではガスト以来となる)。出店形式はビルイン型・ロードサイド・ピロティ型のほか、商業ビル・駅ビルテナント出店など、好立地なら物件を問わず、特に首都圏への出店を積極的に続けている。また、他社の競合店などが撤退した店舗に出店する際はその建物や看板など既存設備を利用するため、店舗の設計やロゴマークが描かれたポールサイン(看板)の形状は多彩である。
また、2005年(平成17年)8月24日から、ファストフード店の「イート・ラン」を運営していたが、2016年現在全て閉店した。このほか、ファストカジュアル店の「スパQ&TacoQ」「サイゼリヤEXPRESS」の運営も行っていたが、こちらも2016年現在現存しない。一方で、新たにファーストフード店の「Spaghetti Mariano(スパゲッティ マリアーノ)」の運営を2016年から開始している。
2006年(平成18年)10月に発表されたサイゼリヤの既存店売上高が8年ぶりにプラスを計上した。2006年8月期の既存店売上高は前期と比べて3%増(客数が2.1%増、客単価も0.8%増)となった。既存店の業績低迷について従来は新規出店による売上げの増加でカバーしてきたが、メニューの品質向上やサービス向上などの成果が各店の固定客と売上げの増加に繋がったとされる[3]。
出店の遅れていた九州・山口地方も2010年(平成22年)の福岡県出店を皮切りに、山口県には2013年11月に、佐賀県には2017年12月に、熊本県にも2018年11月にそれぞれ初出店している(が、福岡県に関しては筑豊地方・筑後地方には2013年11月現在も未出店)。北海道については1992年(平成4年)に新札幌駅ビル内に初出店以来全く出店していないため1店舗しかなかったが、約20年ぶりに2号店を2012年6月7日に札幌駅北口店をオープンし、本格的な店舗展開を開始した。





