どうも。JTC(JAPANESE TRADITIONAL COMPANY)に就職してしまったがゆえ、人間としての奥行きが失われ、絵画のように薄い人間になりつつある男ことけんちです。お前は元々面白くないよ!といった解像度の低い浅い批判については真摯に受け止め、25年度上期から活かしていこうと思います。

 

 ところでオタクのみんなは、自分自身の環境が変わる中でもオタクは続けていたのだろうか。最近はその辺に興味があります。明確な解を持っているオタクは教えてください。参考にするかもしれない。

 

 正直なところ、私はもう既にアイドルという枠組みにとうに飽きているのだろうと思う。そもそも論で恐縮であるが、特典会ってなんの為にあるんだよ。「ライブの感想を~」って声がどこからか聞こえてきそうであるが、そんなに感想なんてない。普通にすまんけど、いつでも会えてしまう分、なかなか価値を見出しにくい気がしている。というか、アイドルと話すような話題が無い、本当に。単なるこちらのコミュニケーション能力不足が理由だとは思うのであるが。営業時の客なり業者なりとはバキバキに話せるし数字も取れるんですけど、なぜだろうか。そんなことに興味などないわけであるが、自己理解という観点においてはなかなか良いテーマかもしれない。要検討。


 話は大きく変わって、先日社内で上席に「(本名)くんはハラスメント気質だから言動とか、色々気をつけてね、声が上がった時点で有無を言わさず君が悪くなるから😊」とか言われて笑ってしまった。うるせぇよ、ハラスメントされる奴が悪い。そもそも論、ハラスメントガー!って言ってる時点で、ハラスメントされるようなレベル感の人間なんだよ。ハラスメントを絶対悪とする空気感、醸成され過ぎでは?と日々思う。いつまで弱者と向き合うつもりなんだ。この世、そんなに弱者に優しかったっけ?と。うわべの優しさばかり見せるなよ。確かに誰もが弱者側に回る可能性を秘めていて、理不尽な運命によって人生計画が狂わされることは往々にしてある。しかし、常に強者で在りたいと願い、在る為に試行し続けた人間にしか、強者側に回る可能性が巡って来ないこともまた事実である。その中で、ハラスメントガ-!ジョウシガー!シャカイガー!と浅はかな他責思考をこねくり回し、現状に甘んじ、逃げ続けるようなカスがただただ明確に嫌いである。そういう奴は救わなくていい。そんなことより俺を救ってくれ。(投稿者:22歳独身弱者男性)


 冬、12月、年の瀬。この季節はいつも、いつにもまして死にたくなる。周りはどこか浮き足立つようなせわしない空気を帯びていて、見知らぬ人々は隣の人間と楽しそうに微笑み合っている、そういう空気に耐えられない、耐え難い。一方、こちらはただただ虚無的な表情で透き通った空気に向かって、紫煙と私怨を吐き出すことくらいしかやることが無い。年末の断捨離など、とうに不要である。どちらかと言えば、断捨離する側ではなく、断捨離される側では無いかと思う。トイストーリーであれば、アンディに買ってから1ヶ月で飽きられるような、所詮そういう人間である。ただ、冬は空気が澄んでいて、気温も低く、煙草を吸うという点においては最適な環境である。それだけが唯一の救いといったところだろうか。以前は24日,25日にアイドル現場に行き、推しメン(笑)に会うことこそ、ライフワークのようなものであったが、昨年、今年と全くそういった気が起きない。何故自ら辛い思いをしにそんな所へ行くのか。理解に苦しむ。私は昨年と同じく今年もただただ何もせず、曇天に向かって紫煙を吐き出すのだろう。


ほんと申し訳ないんだけど、誰か俺を救ってくれ。


 どうも。けんちくんだよ。

 いつもならここでくだらない掴み(全然つかめていない)をつらつらと述べる所であるが、今日はそんな気分ではない。普通に忙しいので。時間の価値がお前たちとは違う。忙しいって言ってる奴ほど仕事が出来ない。時間は作るモノである。

 それはさておき、ここ最近のアイドル現場復帰(?)等々を踏まえて、感じるモノがあるので、紙面を割いていこうかと思ったが、一連の文章として書く気がないので、箇条書き形式となるが、ご容赦頂きたい。

 

 そもそも、なんで全然アイドル現場に行ってなかったかといえば、シンプルに飽きたからである。基本的に飽きっぽいので、2年くらいで飽きる。ただごく一部続くものがあって、それは「コンテンツとしての奥行き(深さ)」があるもの。決して、アイドルという概念が浅いとか、コンテンツとしての深みが無いとか、そういう話ではないが、他のコンテンツに比べて受動的にならざるを得ない分、どうしてもオタクサイドの深め方みたいなところは難しいように思う。結局、本質はなにか?を問うた時に、あっさりと結論に到達してしまうモノは飽きてしまう。アイドル戦国時代などと言われて久しいが、もう既にそれはとっくのとうに過ぎ去ってしまったように思えてならない。現状は「有象無象」という言葉が本当によく似合う。私には演者が入れ替わった、所詮同じものにしか見えない。昨今のシーンはもう既に5パターンくらいに大別できるではないか。どのような事象でも、新規性と大衆性というのは難しいバランスであるが、その点に対しての創意工夫が見られないのが非常に残念である。もうなんとなくこの先どうなっていくかオチが見えてしまう。コイツらだから創れる空間とやらを観てみたい。「冷めた目線でしか現場を見られなくなった自分に嫌気が差した」といったところか。

 

 アイドル現場のスモールコミュニティにおいては、理性は求められていないように思う。それはそうだ。日々の退屈な灰色の人生へに差す一筋の光を求めて、現場に来ている奴がマジョリティなのだから。ある意味、本当に幸せだと思う。むしろ最近は羨ましさすら覚える。彼らはどういった視線で、世界を生きているのだろうか。甚だ疑問である。虚しくないのであろうか。1日中ただただ、天井を見上げているような、そういう情緒を持っていない彼らには、私の虚しさなど理解されないのだろう。

 

 「好き」なんて大層な感情を掲げてはいるものの、それはある種のポーズであって、内心冷め切った感情も、このように表現しておけば、相手には伝わらない。わざわざ金を払ってこんなことをしている私をみて、世間は理解に苦しむのであろうが、まったくその通りである。

 

 最近、ちょくちょくアイドルのライブとやらを見る機会があったわけであるが、本当に不思議な感覚に陥る。立ちくらみを起こしたときの刹那のような、自身の身体と観念としての自分が乖離していく、そういった感覚を覚える。幽体離脱をして、天井から自身の実体を含めた、遠くの田園風景を眺めているような感覚である。他の、所謂アーティストと呼ばれる人間のライブではそのような感覚は全く覚えないのであるが、なぜかあの空間にいるとその感覚に陥ってしまう。これはある種の贖罪となり得るだろうか。

 

 ただ視点を変えてみれば、私がアイドルに求める「対価」のハードルが高いと言えるのではないだろうか。はなから期待していない場合とそうではない場合で「対価」への意識は大きく異なるのだから。とすれば、先ず私の課題は彼女達に一切の「期待しないこと」になるのであろう。哀しいものである。

 

 

下らな過ぎて、思考が回らず書く事がない。

あまりにも短いけど、今回はこれで。



ファッションガチ恋(22)

 

 イントロダクション

 

どうも。ファッションガチ恋(21)です。

 

自己肯定感が低いが故、

褒め言葉(?)を素直に受け取れない斜構の皆さん、こんにちは。

斜構って文字面を見ると、斜め揺れしてそうな感じしますが、

実際はただの腕組み地蔵です。

かく言う私は後方腕組み彼氏面です。

 

小生は基本的に後方腕組み彼氏面なので、

今は全裸で逆立ちしております。

 

前髪激長もやしで声のほっそいロキノンバンド(2021年度のファッションガチ恋)にキャーキャー言ってる女、元気か?バンドマンはちょろいが、阿佐ヶ谷周辺でバンドしてる奴はやめとこうな。あんまオススメしないよ。

 

で、今回は前から気になっていたテーマを取り上げてみようかと。

割と真面目な話です。

 

今回のテーマは「アイドルの本質ってなんや?」です。

ここでは形式的にアイドルとしていますが、

広義の意味で「演者の本質とはなにか?」でも良いかもしれません。

所詮ただの娯楽に過ぎないのにも関わらず、いちいち考察してキモ!と思うならそれまでですが、なにごとも思考を介在させた状態で享受しなくては、良いとされるものの価値を見誤ることもあると思っています。だから今回書く訳です。

 

あらかじめ言っておきますが、今回の話は別にどこのグループだとかそういう話では無いです。単純に広義のアイドルとして定義づけしていますので悪しからず。

 

最近解散多すぎないか?

ファッションガチ恋(21)も散っていいか?自爆ゥ! 

年度始めだからってあんま調子乗るなよ(自戒)

メガンテッ!!!

 

 問題提起

 

アイドルを見ていて、色々なビジョンがあるなということを常々感じる反面、「売れたい」という抽象度の高いビジョンを掲げているケースも割と多いな〜という印象で。「売れる為ならなんでもします」のマインドが徹底出来ていれば話は別ですが、ここではそういった徹底した取り組みが行えていないふんわりとした事例を挙げていけたらと。

(琵琶湖がグループメンバーのアレとかは徹底出来てる例かな?)

 

 そもそも「売れたい」はビジョンか?

 

説明の都合上、「売れたい」=ビジョンと定義付けて前項で話しましたが、そもそもここから問うていく必要があるのかと思います。

個人的には、「売れたい」という感情がそもそもあまり理解が出来ないというのはありますが、「売れたい」という言葉を聞く度、「で?それでどうしたいの?」と思うのです。売れることはあくまで結果、いわゆる過程でしかないはずなのに、それが目的化していないか?という話です。

 

なんらかの実現したい事があってこその「売れたい」ではないか?と。

「売れたい」の根底にあるものはなんだっていいと思うんですが、それがなかなか見えないグループも多いなぁっていう話(主観)

 

例えば…

 

・売れて金稼ぎたい

・(売れる事で証明し)コンプレックスを解消したい

・単純に注目されたい(=気持ちよくなりたい、認められたい)

・イケメン彼氏と付き合いたい※松〇桃李イケメンすぎるだろ😡

・ヲタクと繋がりたい

・インフルエンサーになりたい(インフルエンザはクソ)

・遊んで暮らしたい

・昔からの憧れだった※俺がシナモンになりたいのと一緒。

・面白そうだから、なんとなく

・褒められたい、認められたい

・みんなを笑顔にしたい

・歌う事やダンスが好きだったから

 

正直ほんとになんでもいいと思うんです。

せっかく根底にある感情を、

「売れたい」という抽象度の高い言葉で一括りにして、

耳障りの良い反骨精神のある言葉にすり替えるのは

もう、やめませんか?

 

ここに具体性を生み出せるならば話は別で、

具体化することで客側に可能性を感じさせられたら

ビジョンに共感し、応援して貰うという意味では勝ちだと思います。

 

 「アイドル」という夢追い人。

 

「アイドル」というのはやはり異質な夢追い人だなぁと思う訳です。

夢と言っても、舞台役者、バンド、アーティスト…エンタメだけでも色々あるよね。

 

個人的な考え方では、

「夢は人それぞれだが、どれもリスクを背負って追うもの」

だと思っています。

 

例えば、バンドであれば、いきなり事務所に所属!なんて無理なわけです。

オーディションを受けたり、地道にライブ積んでやっていく訳です。

箱代も機材も全部夜勤バイトで賄うか、大してかわいくないけど都合がいいから付き合ってる彼女に無心するわけです。

 

一方、アイドルはどうでしょうか?

勿論、自分で立ち上げて、社長として、演者として、両面でやっている方もいますが、基本的には既存の事務所に所属して、グループメンバーとして加入する場合がほとんどかと思います。となると、箱代、機材などなどは事務所が持ってくれる訳です。で、一応給料も出る。

(悪徳事務所、やりがい搾取の問題もあるので一概には言えませんが。)

 

努力の量、リスクの量を比べてとやかく言うのはナンセンスだ!と言われればそうだと思います。

ただ、本気でやるなら、本気でやりたいなら、それなりの気概でやってくれ。もっと言えば、それを武器にするなら死ぬほどガチれ。

そういう話です。

マインドの意味だけでなく、脳みそ使ってくれ。

お前たちはネアンデルタール人なんだから、

俺たちホモサピエンスより脳容量100㎖多いだろ?

その利を生かしてくれよな。

 

 ファッションガチ恋(21)の考える理想のビジョンとは?

 

様々あるとは思いますが、個人的に1番理想的なのは、

「目の前の人を笑顔にしたい」だとか「目の前の人の世界を変えたい」かな。

(であって欲しい)

 

個人的にこだわりたいポイントは「目の前の人」というところで。

結局、目の前の客を大切に出来ない奴が、

めちゃくちゃ売れるってないのかなと思います。

 

目の前の1を積み重ねた先にしか、

10も100も1000もないのでは無いのかなぁとふとした時に思います。

 

大手で元々知名度があるとか、スタート位置が何歩も進んでいる場合や

アイドルにバフ(バイキルト、スクルト、ピオリム)が掛かってる場合はゴリ押せるかもしれませんが…。

 

「持たざる者」は戦う土俵を変えるか、他人の何倍も試行するかの2つしか選択肢はないんだと思います(自戒)

いつだってそれを忘れずに、盲目的にならず、環境の変化を見て動ける人間でありたいですね。

 

1を取るより1を逃さないこと。

もっと言えば招待特典とかそんな意味の無い数字を積み重ねて、

あなた達が掴んだその数字は果たして価値のあるものでしょうか?

1度よく考えてみてくれ。

 

これはアイドルだろうが、バンドだろうが、サラリーマン営業だろうが同じかなと思います。

職業問わず、1人間としてこれが出来ない以上、

周囲から中長期的に評価されることは無いかと思います。(浅い人生経験の中で)

 

もっと言えば現状に対して、

甘んじて驕っているようでは

いつまで経ってもその数字のままではないか、

とふとした時に思うのです。

自分を見ていても、他人を見ていても。

 

 

 ガタガタ抜かすお前の現場はどうなん?

 

僕が今の現場を選択し通うのは、

「僕の理想とする本質を体現しているから」です。

 

もちろん、曲がいいとか、ビジュアルとか、そういう要素はあります。

まぁ曲のウエイトはデカいです。"彼"の書くトラックが好きなので。

ただ、最も動機として大きいのは本質の体現という点で。

上で述べた理想の本質を彼女達は愚直に実現しているとそう感じています。

それはそう言ってくれたからとか、そんな表面的なつまらないものではなくて、

日々の実践と関わりの中でそれを感じています。

 

(言える範囲で)最も印象に残っている事をこの際述べておきます。

年末最後の配信内でメンバー(紫)が以下のように、

2023年のグループとしての想いを話していました。

 

「これまでは1年目という事もあって、優しい目で見て貰える事が多かったけど、これからはもうそういった事は無いと思っていて、そういった見られ方を変えていきたい。"2年目だから"ではなくて"2年目なのに"に変えていきたい。」

 

うろ覚えなので違うかもですが、だいたいこんな感じだったかなぁと。

個人的には、この言葉に今が集約されていると感じていて、

これ聞いた時、D〇R EN GR〇Yか?っていうくらい、

首を縦に"Shake it! Shake it!!!!!!!"した記憶があります。

 

 

 

もちろん、まだアイドルとして歴が浅いが故、

厳しさを知らないだとか、新鮮さを維持できている

という側面はあるのかもしれません。

もちろん今後変わってしまうかもしれない。

きっと変わっていくと思います。

今これを書いている瞬間も変化を感じながら書いているので。

ただ、今この時は、理想の本質である彼女に浸りたいと思うのです。

 

 まとめ

 

別にアイドルに良いも悪いも正直無いとは思います。

アイドルサイドのエゴとヲタクのエゴが噛み合うかどうかに過ぎないと思うので。

ただ、最低限の部分では合致している必要があるのではないか?と個人的には思います。でないと、みんな振り向いてくれなくなっちゃうよ。

 

「なんだよゴミじゃん」「やめちまえよ」って罵った

あの日々を後悔するほどの結果を

いつか出してくれることを心より期待しております。

 

M〇R〇H〇の三文銭という曲にこのようなフレーズがあります。

 

「テレビじゃなくてラジオでもなくて

 あなたの口元からこの曲が流れた時に

 ほんの僅かだとしても世界を変えたと胸を張れる」

 

 

これは僕のただの浅はかなエゴですが、

これを実現出来る人間に売れて欲しいと、ふとした時に思います。

 

では。またいつか、どこかで。

 

ファッションガチ恋(21)