夜分遅くにこんにちは。
けんちです。
年末の空気もより濃くなり、街を歩いた時に絶望している人間と楽しんでいる人間で表情に大きな差が出てくる季節になりました。さて、これを読んでいるあなたはどちら側でしょうか。
先日、飲み会で同期の女の子👧と残業の話になり、早く帰りたいんだよね~みたいな適当な会話をしていたら「え?帰ってもどうせすること無さそうだし、残業してればいいじゃん」と言われ、その場は確かに~みたいな相槌を打ちましたが、あれは結構食らったね。正直結構痛かった。この女は人を見る目あるな、と思いました。優秀。翌日体調が悪かったです、すごく。
あのさ、全然いじってきたりしてくれるのは構わないし嬉しいんだけど、本質をサクッと突いてくるのは辞めてくれないか。普通に痛いから。まぁ、言っていいよみたいな雰囲気を出している私が悪いんですけど。こんな顔してるので、真顔だと威圧感あって堅物感が出るし、本当に誰からも話しかけられなくなってしまうので、仕方なくヘラヘラと道化を演じている訳ですが、道化を演じれば抉られるし、演じなければ無縁な存在として隔絶されてしまう。そんなジレンマに悩まされています。
年末になると、所謂、"無敵の人"が増加してくるのは、かき氷が季語であるのと同様に、季節の風物詩として浸透していると思いますが、最近、こういう人達の情緒が分かってしまう自分に気づいてきていて、ある意味で自分が恐ろしい。この世で気を狂わさずに生きていけるヤツがおかしい。異常なんだよ。以前は、街中でヤバい感じの人を見かけた時に、うわぁ…ヤバい奴やん、キショ…、殺せよ。くらいに思っていたのですが、これは完全に誤りだったと。単に私自身の他者理解力が低いだけだったのだと思い知りました。その人にも何らかのロジック(論理として成立しているかはさておき)があって、その人なりの正義があるのだと思うと、"頭がおかしい"だとか"異常"だとかそんな端的な言葉で片付けていいようには思えなくなってきた。実際に犯罪等を実行してしまうのは、また次元が別だけれども、アイツを殺したいとかいたぶりたいとか、そういう情緒がある日突然、ふとしたきっかけで抑えられなくなるというのは理解が出来る。俺も好きな女と永遠を手にしたい。とずっと思っているから。そう思うと、多くの人間が、狂気のギリギリのところで耐えていて、その狂気をあたかも自分は持っていないような顔をしているだけの話なんじゃないかと。そのうち抑えきれなくなった(或いは、漏れ出てしまった)狂気の形が、所謂"ヤバい奴"なんじゃないかと。そういった"ヤバい奴"の存在を否定出来るほど、あなたは狂っていないのか?果たして本当にそう、言い切れるだろうか。
結局、他者理解が出来ていないのは自己理解が出来てないからでしかない。自分のことが分からない人間が他人の気持ちを理解しようだなんて、どれだけの驕りなのだろうか。しかし、こんな問いを何十年も続けているような人間もそうまた少ない訳であって、こんな話を考えたことがない多くの人間が世間を回しているのだろうと思うと、結局のところ私は、道化を演じることでしか人間社会の権利義務を与えられないのだろうと思う。
P.S.
特段太宰に陶酔している訳では無いが、道化がどうこうといった話をする度、太宰を思い出す。
「それは、自分の、人間に対する最後の求愛でした。自分は、人間を極度に恐れていながら、それでいて、人間を、どうしても思い切れなかったらしいのです。そうして自分は、この道化の一線でわずかに人間につながる事が出来たのでした。」
美しい幕引きであるならば、後世で愛されるのだろうか。
ファッションガチ恋(22)