先生、おれ死にたいんですよ。

 どうも、けんちです。

 けんちくん、基本的に誘いは断らない系男子なんだけど(バッティング等は除く)、メンタルきつくて久しぶりに何の予定も無いのに断ってしまった。こういうところで人が離れていくんだろうな、と。そういう意味でアイドル現場は気楽でいい。行きたい時に行けばいいだけだからね。まぁその行きたい時が最近は無い訳だけど。

 最近ガチで趣味がタバコくらいしかない。新作のテリア リビエラパールくん、美味かったよ。公式HPにはフローラルがどうこう書いてあったけど、正直フローラルかはよくわからん。電子特有の科学感のある味といい意味で相性が良い。オアシスパールくんは、ベリーが独り歩きしている感があって、相性みたいなところはあまり良くなかったので、けんちくん的には高評価。

 好人(はおんちゅ)にこないだ、「なんでタバコなんか吸ってんの?」って聞かれて返答に困ったけど、端的に早く死にたいからだよ。味が旨いとかあるけどさ、そんなの瑣末な事で、紫煙を吐いている時間は現世のシガラミから解放されるような気がするし、加えて寿命を削れるんだから、合理的でしかない。よく、ベンツが買えるお金がタバコに消えてて非合理的だ、とか、タバコにいいことなんてないみたいな論調を見かけるけど、バカなのはお前だ。みんながみんな長生きしたいわけじゃない。長寿化する事が是であるという思想しか持ち合わせていない人間は、やっぱり浅い。人間という種が生まれた時の原初的な生活こそ、幸福であるというポルポトの思想も、あながち間違っていないんじゃないかと最近は思う。知識は武器であるけれど、それと同時に自らを抉るナイフになっていないだろうか。

 

 話は変わるが、結婚願望があるか、みたいな問いを投げられる事があるが、その点に関して言えば、けんちくんはYESである。なぜかといえば、旧来のライフサイクルを経験してみたいから。多様化した現代においては、旧来に比べて選択肢が増え、あらゆる点で自由化したわけであるが、私はこれが社会にとって幸せから遠ざかるきっかけになったように思えてならない。旧来の社会においては、就職して結婚して子供を産んでマイカー、マイホーム…みたいなのが幸せとされていたわけだが、現代においては、個人それぞれの幸せの形を自ずから探し掴まなくてはならなくなった。全体主義的かもしれないが、みんなが同じ方向を向いて同じ方向を目指していた方が良かったんじゃないか、そう思う。けんちくんは、自分自身がそこまで優秀ではない分、所謂一般的な幸せを掴みたい。となった時に、参考になるのは旧来のライフサイクルな気がしている。だから、旧来のライフサイクルを追い求めて、幸せになれるか、検証がしたい。でも、子供は絶対作りたくない。自分という個体の遺伝子を後世に残したくないから。そんなことをするくらいであれば、養子を迎えたい。けんちくんごときが、その子を幸せにしてやれるか確信的な自信があるかと言われれば無いけれども、けんちくんのところに来た方がマシくらいにはしてやれると思う。

 家族だとか、血族なんていうモノは呪いだ。遺伝性疾患が進化の過程で淘汰されきらないのも、そういうことだと思う。極めて非科学的でスピリチュアルな話だけれど、当事者としてそのように思う。けんちくんの遺伝子を残すことが、後世の全体の利益を考えた時に負に働く。もっとフォーカスすれば、けんちくんの子が幸せになれないと思う、普通に。自分自身が疾患を持っているというのは、将来的にパートナーをはじめ、周囲に迷惑をかけるという事が確定しているわけで、そんな中で、いくら好きだとは言え、結婚だとか、そんなことは出来ない。だって相手からしたら、俺じゃなかったら受けなくていい受難なんだもん。だからさっきの結婚願望があるか?という問いに対しては、「結婚はしたいけどしない」が正確な回答であると思う。結局、他者の利益と自分自身の利益を天秤にかけた時に、他者の利益を優先する方が概念的に美しいと思う。けんちくんは美しく在りたいから、ね。

 だから結局はけんちくんも、けんちくんにとってのけんちくんだけの幸せをやっぱり探求しなきゃいけないんだろうな、と。嗚呼、今日も憂鬱だ。

 

 

 

ファッションガチ恋(22)

 

 

 

 エロい女はだいたい貧血、どうもけんちです。

 2024年が終わり、遂に2025年が始まりましたね。皆さまは年末年始をどのように過ごしたのでしょうか?有意義な時間に出来ましたでしょうか。かくいうけんちくんは、会社の忘年会、高校時代の同級生との飲み、大学時代の友達たちとの飲み&ドライブに行ったりと、所謂世間一般で言うところの充実した年末年始を過ごしましたよ、と。

 久しぶりに会えたり、数年前の関係でも集まれるコミュニティがある事は、きっと幸せなことなんだろうと。とはいえ、同窓会的なやつはなかなかしんどい側面もあるな、と改めて。今の仕事の話や思い出話は勿論だけど、男女で集まれば当然、恋愛談義に花🌸が咲くわけで、もちろんけんちくんだって人並みに恋愛経験はあるので、話は出来るけど如何せんフレッシュな話題が無いから、割と困ってしまった。しかも最近、けんちくんのけんちくん🍌がめっきり反応しない(勃たない)から、マジで何もできん。グニャングニャンやで、マジで50代みたいな悩み、俺まだ20代なんですけど。

 加えて、中にはもう結婚して子供います。みたいな女が居たりして、けんちくんは怖かったんだ。あぁ、なんだよ。けんちくんだけじゃないか、独身異常男性(ED)は。けんちくんは明日からも数字と担保と睨めっこばかりして1日が終わるのに、その女には守る家庭がある。なんやこれ。俺は毎日なにやってるんだ。勤務中に好きな女を脳内で殴ったり、首を絞めたりして遊んでいる場合ではない。

 2025年の目標は"決別"とでもしておこうか。

 

 それはさておき、最近ブログ書きすぎじゃね?と。ブログモチベが高いのは端的に言うと、思考のアウトプットをしないと体内にドス黒いものが溜まっていく気がするから、で。言葉にならない憂鬱が滾々と常に存在しているわけなのですが、そんな憂鬱に立ち向かっていくためには、言葉にならないものを言葉にしていくしか手段はないような気がしていて、その結果が本ブログなんだと思う。

 当初はアイドル現場で見た話、面白かった話とかアイドルを主体に置いたものだったんだけど、アイドル現場に行かなくなってからは、単なる私のオナニー大公開chになっているわけで(EDなのに)。変えなくてはならないこの現状。このブログは空白期間があるとはいえ、2023年3月が初投稿なので、もう少しで2年が経つ。信じたくはないが、けんちくんが初めてアイドル現場に行ったのが、2021/07/22であり、それ即ちオタクになってから3年半が経過している。やばい、やばすぎる、俺はいつまでオタクをやっているんだ。早く辞めたい。なんて想いもありつつ同時に、"彼女"がアイドルとして生きているうちは、その喜びを享受していたい、だなんて少女趣味的な幻想を抱き続けている。ここに詳しく書き記さないが、"彼女"だけなんだ、俺が縋れるのは。但し、縋っていいとは誰も言っていないが。

 

 今日、好人(はおんちゅ)と昼飲みに行った件を、折角なので備忘録的な形で、記しておこうと思う。ちなみに、今日飲んだはおんちゅは27日に会った女ではない。念のため記述しておく。今日会ったはおんちゅには、4歳上の彼氏(束縛犬系彼氏)がいるので、極めて健全な付き合いしかしない。ラブホ街とか絶対行かない(行っても勃たないので😅‪‪‪‪😅‪‪😅‪‪)

 ゼンリー的な位置情報アプリを常に確認されているらしく、はおんちゅ自身も気にしていたりと、そういうのってどうなん?みたいな情緒を抱いてしまった。でもアイドルに対して、縋れるのは彼女しかいない…だなんて発言をしている俺の方が数億倍キモイ。大森◯子もドン引きである。否、大森なら、俺を愛してくれるかもしれない、淡い期待_𝑩𝑰𝑮 𝑳𝑶𝑽𝑬______

 そんなチンケな男よりも俺といる方が幸せになれるよ。だなんて、気障なセリフを吐く事が出来たならば、もう既にこのはおんちゅとでなくても、俺は毎日笑っていられるはずなんだ。俺といた方が幸せになれる、そんな想いが完全に無いわけではないけれど、なんだかんだで楽しそうに彼について話すはおんちゅの姿をみると、そんなこと言えるはずがない。それは所詮、エゴでしかないから。というよりもむしろ、けんちくんみたいな気持ち悪い概念の塊が、誰かを愛したいだなんて感情を抱く事が許されないような気がする。←Best of 本質

 はおんちゅは、けんちくんも幸せになれるよ!みたいなニュアンスのことを無垢な笑顔でぶつけてきてくれるが、その度にどうしてこの人は全ての人間に幸せになる権利があると思っているのだろうと、ふと疑問を感じてしまう。幸せになる権利がなんの義務も果たさずとも手に入ると思っているのはなぜか。はおんちゅに限らず、これは大きな誤解だと思う。


 鮮烈なアイドルオタクデビューをした当時は、こんな感情を抱く人間になるだなんて1㎜も思ってなかった。いつからだろうか、どこで間違ったんだろうか。アイドルオタクデビュー当時、何かの記事でアイドルオタクになると一般人との恋愛が出来なくなる…みたいなものを読んだが、これは本質だった。同じ轍を踏んでしまった俺はバカだ。

 どれだけ想いを伝えてみたところで、アイドルとの関係性は進展しない。この事実が身体に沁みついてしまったら、簡単には落とせない。加えて消費されていくリソースの量(タイパ・コスパの悪さ)に慣れてしまうと、もう終わりだ。関係性を発展させられる局面で、1歩が踏み出せなくなる。現にそうだ。いいチャンスだな、と思う機会があっても、踏み出せない。とてつもなく重い1歩になってしまった。あの記事は間違ってなかった。いまはどこにあの記事があるんだろうか。もう一度、過去の視点と対比して読んでみたい。


 年明け初アイドルはいつにしようか悩んでいる。2/11は幸い今のところ予定がないので、この辺がいいかな。そろそろ本当に"彼女"に会わなくてはならないと思うので、2/11に合わせて気持ちを作っていきたい。2/11に誕生日を迎える黒髪ツインテール舌ピアスのあの人にも会いたいななどと。上手く1日で回せないかな。

 



 誰とどこで何をしていても、常に迫る虚無感と孤独感から逃れられない。

 

 

 

ファッションガチ恋(22)

 

 

 

 

 イントロダクション


 どうも、今日は聖なる夜ですね🌃

皆様いかがお過ごしですか❓みんなでパン‼️パン‼️パン‼️パン‼️ポケモンパン‼️してますか?そういうネタ、やめた方がいいよ。アイドルのみんなはちゃんとオタクからのDMに既読つけてる?私は1時間に1回くらい、"君"にDMしてるけど、ウザくない?大丈夫?だって好きなんだもん。常に"君"となにかで繋がっていないと不安なんだよ、許してよ。


 かくいう私は現場で、好人(はおんちゅ)にラブホの料金システムについての話題を振りましたとさ。

↑全く面白くない、困惑してただろ。セクハラなので早く死んでくれ。ハラスメント適性☆7なので許して欲しい。遊戯王だったらそれなりに強いカード。やっぱ俺って強いんや。


 それはさておき、今日は「私は推しメンじゃないの⁉️」なんて、アイドル達の些末な疑問に答えるべく、けんちくんの中での"推し"の概念を整理したいと思います。


 "推し"という概念

 この問いに答えるに当たっては、"推し"という概念が大きなキーになってくるかと思います。けんちくんにとって、"推し"とは、自身の欲望と相手の意向を天秤にかけた時、相手の意向を優先したいと思う存在。(ある種の自己犠牲的価値観を含む)と定義しています。ここには、相手の意向を優先しているようで、そんな自分に陶酔しているような、そういう情緒はカウントされないので、端的に言えば、自身の行動の最終ゴールがどこに向いているか?になります。最終ゴールが自分に向いているなら、それは所詮自己陶酔だと。

 けんちくんみたいな、自己愛性パーソナリティ障害適性が高い人間にとって、相手の意向を最優先するというのは、マジで有り得ないレベルでしか起こりえない現象で。自己犠牲的なアプローチをしたところで、俺になにが返ってくるんだよ。みたいなことを思ってしまう。俺の痛みは救われるのか?そもそものパーソナリティがよろしく無いという話はさておき、要はレアってことが伝わればいい。


 けんちくんにとっての推し

 じゃあ、こんなひねくれ斜構オタクに"推し"が居ないのか、と言うとそうでは無い。けんちくんにも"推し"が居たのであって、恐らくその"推し"を超える存在は今後も現れないように思っている。より具体的に書けば、けんちくんにとっての最初で最後の"推し"はbuGGの清水凜だけであって、誰にも越えられない、いや、超えて欲しくない。そう思っている。アイドル云々の前に、一個人としてリスペクト出来る部分があって、けんちくんの狭かった世界を広げてくれた上に、アイドルの枠組みを常に魅せてくれていた存在は後にも先にもきっと"貴女"だけだと思う。今は全く行かないけど。


 でもお前オタクじゃん。ほかの女はなんなの?

 え?じゃあ私はなんなの!?みたいなメンヘラ適性が高い女達のために、書いておこうと思う。メンヘラ適性が高い女がいちばん可愛い。狂おしいほど愛してやるよ、俺が。死ぬ気で受け止めてほしい。愛情とやらで殺し合いたい。


 まず、"彼女"について。"彼女"は、けんちくんの22年という浅い人生において、最も向き合ってくれた存在だと思う。あの女ほど、けんちくんという薄汚れた概念を汲み取ろうとしてくれ、理解しよう、寄り添おうとしてくれた人は居ない、割と本当に。なんとなく付き合ってなんとなく別れた元カノなんかよりも、家族だとか友達だとか、そういう枠組みに安心感を覚えているような人間たちよりもずっと。

 その意味でアイドルとオタクという枠組みから逸脱した関係を構築してくれていた"彼女"には、本当に感謝しかない。だからこそ、心苦しくて仕方がないわけであるが。

 好きだとか愛してるだとか、そんな使い古された陳腐な愛情表現で、賄えるほど浅い概念じゃない。表現していないだけで、"彼女"は今でも僕にとっての全てで。俺みたいな薄汚れた存在にも向き合ってくれる"彼女"には心の底から幸せになって欲しい。俺以外の誰かへ、届いて欲しい。


 次に"君"について。"君"とはまだ日も浅いから、そこまで根源的な会話をするような間柄でも無いかななんて思っているので、(というより、そういう間柄になると、俺のせいでろくな事にならないからしないという選択をする)なんとも言えない部分はあるけど、これからを一緒に紡いで生きたいなみたいな事をなんとなく思っている。

 "君"とは前述の2名とは、また違った関係になりそうだなと思っていて。現時点では、普通に友達感覚なのでリアコ的情緒は無い。と思いきや、異性の友達を好きになるシーンは人生においてもありふれているので、そういう感じも有り得るのかもしれない。何を言いたいのかサッパリわからないけど、"君"という存在は僕の中で蓄積されていきそうな気がする。最終的にどんな概念として"君"という存在が紡がれるのか、少し楽しみだったりします。

 これからを紡いでいけるだろうか、"君"と。


 結局。

 けんちくんの中で実存としての存在から概念に昇華されるタイミングで、一般的なオタクとしての繋がり(現場に行くとか諸々)は隔絶される訳なんだけど、概念として誰かの人生に残り続けられたら、それこそ永遠にアイドルでいられるんじゃないかと。アイドルとしての短い寿命の中で、永遠の命を手に入れる方法は多分それしかない。そういうものを手に入れたいのかどうかは知らんけど、少なくとも僕の中には、これからもきっと残り続けそうだ。




ファッションガチ恋(22)