心理問題に関わる時、常に頭にあることのひとつが表題の「最悪のルート」です。
この「最悪のルート」はその人の状態や病態などによりある程度の予測がつきます。
改善するときは「そこからいかに外れるか」というのが重要です。
不登校の場合は何が「最悪のルート」でしょうか?
「学校へ行かない」ことではありません。
とくに今の時代はネットでいくらでもある程度の高度な学習はできますし、通信制含めて高校卒業資格もとれます。
問題は「長期のひきこもり」となってしまうことです。
元々ひどく傷ついて部屋の中に逃げ込むことができた=極度の不安から一時的とはいえ安心感の得られる環境にたどり着いた人たちです。他者への恐怖や不信感は相当です。
それは仕方のないことです。
ただ「長期化」は問題です。
なぜなら「経験」を失い、無意識レベルで自己評価を低くしてしまい、自己否定感を強くしてしまうからです。
しかもこれは慢性の毒のような側面もあって、それが一気に噴き出すのは数十年後だったりします。
三十代後半から五十代にかけて突然親を攻撃、最悪は殺害してしまう事件の中には「長期の引きこもり」のケースがあります。(もちろんそうではないケース、例外もあります)
これは「自分の人生を壊したのは自分をこんな嫌な世の中に生み出したおまえら(両親)だ」というような感情が醸成されてしまうからかもしれません。
そしてその感情の裏には怒りや憎しみ、恐怖や不安の他に、悲しみや絶望感もあるでしょう。
いまさら学校へ行けない、就職もできない、結婚もできないし、恋人も、友人も作れない。そしていずれは自分の生活の基盤である親も老いて、死ぬ。
破滅することへの絶望。
自暴自棄の状態になり、破滅的な行動を突発的にとってしまうのでしょう。
これが不登校をきっかけに長期化したひきこもりになり、中年という状況に気づいた場合に少なからず起こりうる「最悪のルート」です。
初期対応で誤ると、このような長期化したひきこもりのルートにはまってしまいます。
ほんの数十年前は「とにかく見守りましょう」という傾向が強すぎて実質「放置」の状態になり、そこから「最悪のルート」を辿ってしまうことが多かったように感じます。
なぜそうなるかというと、そのほうが本人も、親も、(一時的なはずですが)楽だったからです。
本人は「自分の見たくない部分を見なくていい」「好きなゲームやネットが好きなだけできる」「嫌な思いをしなくて済む」など。
親は「下手なことを言うと逆切れされる」「最低限の世話だけで一日が過ぎる」など。
最初は誰にでも起こるような心理や行動です。
しかし、当人はそれがいつのまにか「強固な逃避行動」となり、ネットやゲームの世界へどっぷりはまって現実が減っていく。まるでギャンブル依存の人間が毎日24時間ギャンブルのことしか考えられなくなる「依存」のように。
親は親で、ある種の共依存的な心理状態になり、いつも子供の心理をうかがうようになってビクビクして生活するようになる。DV関係の「共依存」のように。
このような関係はかならず破綻します。
しかも最悪な結果ばかりです。
一番良いのは早い段階で対処をすることです。
病気は早期発見、早期治療が大事というのと同様です。
当事者はなかなか気づかないのですが。