心のお話と雑記ブログ 

心のお話と雑記ブログ 

心理のお話などを独断と偏見も交えてお話します!!

☀ ”傾聴”という言葉はよく知られるようになったと思います。

 

医療関係や福祉関係などこの”傾聴”技法を用いたアプローチを対象者にすることも多いでしょう。

 

実際、こういった業界の方がクライアントとして来室されると傾聴技法に気づくことも多いように思います。

とくに繰り返し技法(オウム返し)は気づかれやすいです。

なにせわかりやすく、シンプルな技法だからです。

要は相手の話した内容(言葉)を同じように繰り返すものです。

その効果は、「あなたの話をきちんと聴いていますよ」という暗黙のメッセージになることや自分の言葉をカウンセラーの発話として耳にすることで自分の言葉や考えなどを客観的にとらえることができるようになることでしょうか。

 

しかし、何事も諸刃の剣的な要素がありますが、この繰り返し技法も知っている人からすると「ああ、傾聴の技法を使ってる(笑)」といった感じで受け取られることがあります。

クライアントの方に神経を集中させているからこそこういったクライアントの方の心の動きにも簡単に気づいてしまいます。

 

そういう場合、どうするのか?

 

答えはシンプルです。

 

なにもしない

 

これが私の答えです。もしもただの「技法」としてしか使えないのであればクライアントの方の信頼は損ねてしまうかもしれません。

しかし、あくまでも先述の効果を踏まえて自然と「クライアントの方の話の大事な部分はどこだろう」とか「どこに大事な部分が潜んでいるかわからないから聴き洩らさないようにしよう」といったように「技法」としてではなく「無意識のうちにそうしている」といった状態になると先述のように(笑)はすぐになくなります。

なにせ問題を抱えている方がカウンセリングを受けに来るのですから、そこは真剣です。

ただ最初のうちは「このカウンセラーは親身になってくれる人か」「信頼に足る人か」といった心情でカウンセリングを受ける人も多いです。何らかの形で傷つけられた方です。同じ人間に、自分が傷ついた話、つらかった話、悲しかった話、大事な話をしても大丈夫か疑心暗鬼になるのも当然です。

だから知識のある人は(笑)となるのです。

そのことも丸ごと受け入れるのが本当の傾聴だと考えています。

だから「なにもしない」のです。

傾聴ができていれば(技術レベルに留まっていなければ)すぐにクライアントの方はどんどん自分のことを話していきますし、カウンセリングのセッションが終わる頃には(笑)といった不信感は消えているでしょう。

 

来談者中心療法(クライアント中心療法)では3つの原則がきちんと統合されていれば(笑)的な外部的問題(たまたまクライアントの方が傾聴技法の知識がある)といったことは気にする必要もないほど些細な事象となるでしょう。

もしも「こういう場合にはこう対処して」なんていう状態はおそらく「技法を使っているだけ」ともいえるのではないでしょうか。

☀ 心理カウンセリングについて、よく知らない人が良く言う言葉にタイトルの「心理カウンセリングって話を聞くだけだよね」というものがあります。

 

実際、専門知識や経験がないとそう思うのでしょう。

 

自分で心理カウンセリングを受けたことがある人でもそう言う人もいます。

でも、「話しただけで良くなった」という結論。

 

では、心理カウンセリングでは何が起こっているのでしょうか?

 

まず第一段階では、クライアントの方は心理カウンセラーから受容的に、ある種全面的に話を聞いてくれます。

 

「話を聞いてくれるだけなら、家族や友達でいいじゃん」

 

何度か聞いた言葉です。

しかし、現実は一般レベルにおいてさえ「きちんと」話を聞いてくれる家族や友人は多くありません。

なぜなら彼らには彼らの日常生活があり、その時の心理状態で話を聞いたり、後回しにしたりします。中にはそもそもきちんとコミュニケーションがとれない人もいます。私の昔の友人にも”自分は悩みなどしょっちゅう相談するのに、他人の相談は適当にスルーする”人がいました。もちろんその友人はそのうち誰からも話を聞いてもらえなくなりましたが。

また守秘義務もないので相談した内容が知人友人にもれる可能性は高いです。

なので最初から話せない、相談なんかできないという人も多いでしょう。

心理カウンセラーには守秘義務があり、かつ無関係な人間だからこそ”話せる”という前提があるのです。

 

さて、傾聴という言葉も一般的になってきました。

 

そこからでしょうか、心理カウンセリングでは「聞く」ではなく「聴く」だという表現をとることもあります。

つまり「聞くだけ」ではないのです。

 

次回は「傾聴」についてすこしお話したいと思います。

☀ 不登校は「原因」がよくわからないことがあります。

 

心理問題では原因追究型の療法もありますし、根本から改善しようとするとやはり「原因」を特定する必要はあります。

もちろん今現在の症状から逆算してカウンセラー側はおおよその原因がわかることも多いのですが、複数の原因らしきものはあるけれど「とても小さな問題が複数ある」という状況の場合、”これ”とは言い切れないこともあります。

 

そういう場合、いくつかの考え方をします。

 

一つは「心全体の力が落ちていないか」「不安定度が高くないか」といった視点です。

 

今現在の心の状態をまずは整えて心の力を増やそうという対処です。

 

これはとくに思春期のお子さんには起こりがちに思います。

 

自我が発達したことで周囲の人間との関係について考え、悩むことが増える。

回りの人間と自分を比べて劣等感にさいなまれる。

とくに小学校高学年から中学生くらいは性的な関心の深まりとそこへの拒絶感(大人の世界に興味が出る一方で、まだまだ無邪気な子供のままでいたいというような)精神的に「過渡期」特有の不安定さが多くなる。

そもそもホルモンバランスの変化という身体的変化もある。

などなど。

 

成長したがゆえに、(一時的にせよ)不安定になる。

 

通常は成長=安定と捉えがちなので「そんな年齢にもなって」などと言いたくなる親御さんもいるかもしれませんが、逆もあり得るのです。

 

こういう場合、放置しても自分なりの解決策をみつけられる子なら様子見もあり得ます。

しかし、数か月、ましてや数年となればそこはなんらかの”改善の手”が必要でしょう。

そして、多くの病気(人間や他の生物全般)や問題(会社などの組織)の多くがそうであるように早い対処のほうが改善に要する期間は短く、傷も浅くなるのは必然です。