来談者中心療法はざっくりいえば今の対話型カウンセリングにおいて主流、ないしは多かれ少なかれ影響を与えた心理療法です。
カウンセリングというとこの来談者中心療法をさしていることが多いかもしれません。
この療法は僕自身が主流にしている療法です。
それだけに細かい差異にも気づきます。
ホテルのコンシェルジュのようなやり方、とにかくオウム返しを中心にして指示的なアプローチを一切しないやり方、その逆などなど、今は来談者中心療法ですといっていてもカウンセリングスクールなど教える側のスタイルも同じ療法とは思えないケースもあります。
理由は、カール・ロジャーズの著作を読み、彼自身が行うカウンセリングビデオをみて何となくわかりました。
後からいろいろな要素をくっつけていったために原型から離れていったのだと感じました。
カウンセリングをしているカール・ロジャーズは終始、一言でいえばナチュラルでした。
もちろん礼儀はわきまえていますが、「お客様扱い」するわけでも、「偉ぶる」わけでもなく、中立的。
「自分が、自分が」と我を出すわけでもなければ、へりくだって卑屈になっているわけでもない。
ほんとうに自然な姿でした。
そう、自然さというのも来談者中心療法の特色のひとつかもしれません。
そうであるがゆえに誤解も生まれやすいのだろうと思いますが。
この点についてはいずれお話しようと思います。
来談者中心療法は、一言でいえばクライアントの方自身が本来もっている精神的な自己治癒力を刺激することによって改善していく心理療法です。
カウンセラーはさまざまな関わり方を通して、その部分を刺激していくのです。
その大前提として3つの治療的パーソナリティというものが来談者中心療法の療法者には求められます。
クライアントの方は心に傷を負っていたり、悩んでいたりするわけですが、多くの場合まじめな性格の方ほどご自分を責めています。
「自分が悪いから」
「自分が未熟だから」
「自分が弱いから」
などというようにご自分を責めて、そのこと自体で苦しんでしまうことも多いものです。
来談者中心療法のカウンセリングでは「もっと強くならなきゃ」とか「こうすべきだったのに」とかいうようなアドバイスや説教の類はまずしません。
それは、その多くがクライアントの方が持っている自己否定感をさらに強めてしまうだけで意味がないどころか、逆効果になるからです。
かといって「頑張れ」とか「大丈夫だよ」というように「励まし」をすることもありません。これはこれで「やっぱり自分はダメな存在だから励ましを受けるんだ」とか「自分はもうすでに精いっぱい頑張っているのに」とクライアントの方が感じてしまい逆効果になることも多いからです。
善意であっても、通じないどころか、逆効果になることもある。
「善意で踏み固められた道が、地獄へ通じていることもある」
僕の好きなことわざですが、現実に心理療法では起こりえます。
だから、まずはクライアントの方のお話を全力で聴きます。
「傾聴」です。
それはただの技術ではなく、クライアントの方を「かけがえのない一個の存在として」全力でお話を聴くのです。
そのために3つの治療的パーソナリティが必要であり、機能するのです。
100%でそれをやると、カウンセラー側の精神的な疲労度は相当なものです。
それはクライアントの方を最大限尊重するということです。(日常生活ではありえないくらい)
その無言のメッセージがクライアントの方に届き、受け入れられると、クライアントの方は自己否定感がやわらぎ、自己肯定感が強まります。
これがまずはカウンセリングの効果の一つであり、比較的初期からクライアントの方に起こる心理的変化です。
初回から起こることも珍しくないかもしれません。
もちろんクライアントの方の症状や状況などでその後、さらなるアプローチもありますし、行動療法と認知療法の時に起こるような「気づき」による変化もあります。
そのもっともダイナミズムに満ちた心理変化の一つが「数十年前、それも幼少期に無意識に沈めた記憶や感情、その時の考えが蘇る」というものです。
精神分析的色彩をもったこの領域は行わないカウンセラーも多くいるようです。
この部分は多くが悲しみや苦しみ、つらさに彩られたものなので、クライアントの方にとってはけして楽しいものではありません。
僕自身は、この点には注意していてそこに踏み込む前にクライアントの方に確認をとります。
そこまで行きますか、と。
その手法をとらなくとも認知の変化で問題が解決するならば、僕はそちらを選択することをお勧めします。
時間も経済的負担も、そしてクライアントの方の精神的負担もはるかに軽いのですから。
多くの心理療法は段階的に関わり方も、クライアントの方の心理変化も変化するものですが、この領域は成功すると最も大きなレベルの心理変化を起こすと思います。
それだけにクライアントの方の負担も大きく、安易に踏み込まないほうがよいとも感じています。
大きな効果・変化があるだけに、療法者側からしたらもっとも興味深く、俗な言い方ですが、「面白い」領域です。
でも、当然ながらリスクも大きいのです。
クライアントの方にとって何がいいのか
常に頭に入れておかなくてはならないことです。
と来談者中心療法で起こるクライアントの方の心理変化について一部ですが書いてみました。
しかし、実際はこの傾聴技術を使用したからこうなる、というようなものではなくて、カウンセラーが3つの治療的パーソナリティで接し続けていると段階的にクライアントの方の表情、話の内容、態度などが変化し、その方の必要に応じて、必要な部分が変化していくというのが正確なような気がします。
それこそ優秀な来談者中心療法の療法者のカウンセリングを受けたクライアントの方は「なんだかよく分からないけれど勝手に良くなった」とか「自分で勝手に話しているうちに良くなった(問題が、どうでもよくなった)」とかいうように感じるかもしれません。
それは来談者中心療法がナチュラルな療法であり、クライアントの方の精神的な自己治癒力を活性化させていくような療法だからであるように思います。
ときにそれを、来談者中心療法の療法者(カウンセラー)は「ただ話を聞いていただけだ」とか「ただ頷いていただけだ」と揶揄する人もいるかもしれませんが、実際は療法者は無意識レベルでクライアントの方の心理に蜘蛛の巣のように神経をはりめぐらせていることもありますし、それとなくクライアントの方も気づかないくらいの心理的アプローチをしていたり、目に見えない部分で日常生活ではありえない心理的状況をつくりだしたりしているものなのです。
ただ話を聞いていれば良くなる。
そんなことは起こりません。
水面に浮かぶ白鳥をみて「優雅だなあ」と感じる人は多いでしょう。
でも、実際は常日頃から羽根繕いをし、脂肪を蓄えるなど体調を整えて、必死に水面下では足を高速で動かしているのです。
そして、心理カウンセラーがそのことをクライアントの方に伝えることは少ないでしょう。(質問でもないかぎり)
なぜならばそれはカウンセラーの問題であり、カウンセリングの時間はクライアントの方のためのものなので最大限クライアントの方のために使うのが当然だからです。
ということで、普段は誰にも説明も解説もしないことをお話してみました。
全体にごく一部、とくに来談者中心療法については一割もお話できていない感はありますが心理療法ではクライアントの方の心理変化はある程度想定されている(例外も含めて)という点だけでも感じていただければ幸いです。