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心のお話と雑記ブログ 

心理のお話などを独断と偏見も交えてお話します!!

「心」を視るときにものさしの一つに「バランス」があります。

 

バランスがある程度とれているのか、そうでないのか。

 

何か問題を抱えている場合、当然バランスが悪くなっているのですが、それがどの部分で、どの程度なのか、というような視点です。

例えばですが、ギャンブルでも仕事の合間の暇つぶし程度で自分の許容範囲を超えない金額なら問題はないのに、友人・知人を巻き込んで借金を重ね、家族のお金やモノまで盗むようになってきたらもはや大きくバランスを崩しています。

いずれコケて大怪我、というのは容易に想像がつくでしょう。

こういう場合は「依存」という心の問題(依存症までいくとおそらくは脳の機能自体が変質している可能性がある)に焦点を当てる必要があるでしょう。

もっとも先述のような状況なら、生活や人間関係のバランスも崩れているので自覚もしやすいでしょうか。

 

一方で、うつ系の人は自責思考が強く、これは生来の真面目さなど本来は良い側面なのですが、あまりに自分を責め、他者から傷つけられた心を、さらに自分で傷つけてしまい、負のループに入ってしまいがちです。こちらもやはり「他責思考」の人とは真逆の方向でバランスが崩れているのです。

どう考えても相手のほうが悪い、問題があるのに、どうしても「自分が悪い」「自分に力がない」「自分の能力不足」などと考えてしまい、またそこを悪意のある相手から利用されていることも多くあります。

こういう場合は、今後のことも考えるならできるだけまだうつ状態の段階のときに「自分を責めない」「他人の責任を負わない」といった方向性の考え方にもっていく必要があるでしょう。

すぐに受け入れられなくとも、人の心の力というものは自己治癒力もありますし、段階を経ることであるときに心が変わることができます。

そのきっかけはやはり「気づき」が大きく、そこに至る過程には「信頼関係」が大きく下地のように関わってきます。

 

「気づき」は心理カウンセリングの流れの中でクライアントの方の改善に大きく寄与します。

クライアント、カウンセラー双方においてこの「気づき」は大事なものです。

そのクライアント側の「気づき」でも極めて重要なものが「自分に問題があるのではないか?」とか「自分はおかしいのではないか?」といった自責的な気づきです。

心理カウンセリングに来ているのだから当たり前だろうと思う人もいるかもしれませんが、意外とそうではないケースも多いものです。

ぼんやりと「問題がある」と感じていても「ここが問題」と自覚がないと人は意外と「なかったことにしがち」で、他責へ向かいます。

もちろんまったく自覚がないケースもあります。

 

でも、最初はそれでもよいのです。

 

そもそも心理カウンセリングはクライアントの方の心を(良い方向へ)変えていくためのものだからです。

 

ポイントごとに「気づき」があればまったく問題がありません。

 

問題なのは「気づき」がないケースです。

 

「自分には100%問題がない」という固定観念から1mmも動かない人もいるのが現実です。

 

割合的にはそう多いわけではないと感じますが、残念ながら一定数はいます。

 

そういう場合は、少し遠回りをする必要があります。

自己防衛的な精神状態が強い場合(傷ついた人はすべからくその状態ですが)は、安心感を強める方向を強化し、すぐに問題の本質へ向かわない、とくに未成年者、子供の場合は通常よりも信頼感をさらに強化するなど。

端からみれば(あるいはクライアントの方も)雑談のようなものばかりで無意味に感じるかもしれませんが、自分の手法の場合はすべてに意味や目的があります。

とくにひきこもりや子供の場合、趣味に関することが極めて重要なことがあります。

興味関心をより強く示して話を聴く。

 

「自分のことを知ろうとしている」

 

それ自体が信頼感の強化につながります。

 

もちろんこの姿勢は普段からすべてのクライアントの方に向けているわけですが、より自覚的に強化するのです。

つまりこの段階でカウンセラー側にも「この方のカウンセリングの方向性はいったんこちら側に修正しよう」という「気づき」があるわけです。

 

ただ先述した「100%自分には問題がない」というタイプの人はもともと他責思考なのでこういったアプローチを「無駄」と他責的に判断してカウンセリングからフェードアウトしていくことも多いでしょう。

なので多い人は20か所近く(以上?)医療機関やカウンセリング機関などを変えて転々としていく人もいます。

こういう場合、思考部分にアプローチしてとすぐに考えつく方も多いでしょう。

認知行動療法などでと提案しても、じつはすでにネットや他の場所で経験済みで最初から拒否なんてこともあります。

治療期間が長いと当然そうなるともいえますが。

早く「気づき」につながるとっかかりのようなものが見つかるとよいのですが、人の心は意外と広大ですし、心理防衛的、意図的ないしは無意識的に隠している部分もあるのでどうしても時間がかかるのも事実です。そこに疾患的要素も絡んでくるので、大変です。

 

そういう場合、良い結果につながるのはやはり「信頼度」だと感じます。

カウンセリング過程(とくに難しいケース)を振り返ってみたときに成功したケースの多くはことごとくクライアントの方の信頼度が(最終的に)高いケースばかりなのです。

そして、それはクライアントの方、カウンセラー側双方の「気づき」の多さ、強さの積み重ねでもあるように感じています。

 

☀「はたして自分の問題は解決する(治る)のか?

 

おそらくクライアントの方の多くはそこに疑問を持たれていることでしょう。

 

答えは、ケースによる、です。

 

「治りますよ」とか「自分が治してみせます」なんてドラマの主人公のような安易な答えを言えないのはもどかしいですが、これが現実です。

 

大前提としては、統合失調症や鬱病などの脳の器質的問題が深く関与しているだろう疾患は「寛解」(いつ再発するかはわからないが日常生活が一定レベル以上でおくれる状態)をめざすもので、完治は残念ですが今現在では困難です。

とくに鬱病は「治癒」ではなく「寛解」ということを知らない方が多いものです。

これらは実際に接してみると本で知った知識などとは比べ物にならないほどクライアントの方の精神状態が不安定であることに驚かされることも多いものです。

 

しかし、いっぽうで確実に問題解決できるものも多いです。

 

例えばですが、依存全般も「依存症」レベルにまでなると脳が変質してしまうのでしょう、治癒はありませんが、心の状態を整えて安定化、その上で対策をすると(初期はまず依存ルートへ戻りますが)ある段階で安定化します。

つまり寛解状態へ向かえます。

 

また不登校はさまざまなケースがありますが、共通項はその子の心が「不安定」になっていることです。

ここを改善しないと転校しても、進学先が変わっても、やはり不登校になりがちです。

しかし、一定の心理療法プロセスを経て安定化できると不登校の改善はすんなりと(いくつもの壁は越える必要はあります)うまくいきます。

もちろん学校や級友などの外部要因も調整しつつ、です。

そういう意味では本人はもとより親御さんはお子さんが不登校になると「なんでうちの子が」「急にどうして」などと心が混乱状態になったりしますが、私の立場からすると(100%はないのは前提ですが)”不登校は改善できる”ものです。

ただそのためにはその子に合った「改善プロセス」が必要です。

 

初期はまずそれを見つけて方向性を見極めることに費やされるでしょう。

 

なので少々時間がかかります。

 

昔あった”強制的に無理やり学校に行かせる”という手法がほとんど失敗し、より症状や状況を悪化させるのはその子の「不安定」な部分がなにも改善されないからです。

間違ったルート、といえるでしょう。

 

ごく大まかにいえば、

 

「不安定」を「安定」に変える

 

というのがうまくいくキーワードでしょうか。

 

そういう意味では治癒か寛解か、という見極めはとても重要ですが(治らないものを治る前提でカウンセリングなどするとやはり改善ルートから外れることがあるからです)、心理療法的には改善できるかどうかという”ものさし”が最重要に思います。