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心のお話と雑記ブログ 

心理のお話などを独断と偏見も交えてお話します!!

☀ 認知療法の基本的な考え方は「認知」を変えることで心(感情や気持ちなど)を変えて、行動も変えてより適応的な生き方ができるようにするものです。

「認知」というのは「人間などが外界にある対象を知覚した上で、それが何であるか判断したり解釈したりする過程のこと」(Wikipedia)などといわれます。

 

この文章の何カ所かで?となる方もいおられるかと思います。

 

?となった方は、注意力があり、知力に優れている証拠かもしれません。

 

「人間など」とあるのは動物も含まれるからであり、「外界の対象を知覚し」などとあるのは基本的に人間や動物は外界の刺激に反応する形で内面(心理面)に変化をもたらすからといってよいでしょうか。

 

例えばですが、「暑い」と感じるのはあくまで「気温が高くなった」という外界(人間の皮膚の外側)で起こった事実(刺激)に皮膚の触覚が反応し知覚した結果、『暑い』と考えた」結果といえるでしょう。

 

そこで認知療法では、例えばですが「暑いと考えた」部分に着目して変化を目指すのです。

 

まずは「ほんとうに暑いのか」を検討し、仮に常識レベルで高い気温と確定し、「暑い」といえるとしても、それでは「暑いというレベル」を1~10段階に設定し、「まだ8段階だから最高の10レベルほどではない」と考えることにより必要以上に「暑い」とは感じないようにしようというようなアプローチをするのです。

 

「まだまだこんなのは暑くない」

 

と考えるようにするのです。

 

そして、「暑い」と言葉に出すことで聴覚からも「暑い」という情報が入るのだから「暑い」と言わないようにする、「暑い」と感じたら趣味のことなど自分の好きな暑さとは別なものを見たり、聞いたりする(注意そらし法)、あえて炎天下の中外に出ることで「暑さで気分が悪くなったらどうしよう」という予期不安をなくす(エクスポージャー法)などといった行動療法的手法を併用することで「暑い」ということへの耐性を上昇させるとより効果的でしょう。

 

このように現在では認知療法と行動療法との有効な部分が合体してひとつの問題へと取り組むようになっています。

 

などと考えて、玄関のドアを開けた途端、予想外の熱気におもわず「暑い、ひどすぎる」と呟いてしまうのが自分です。

 

現実は厳しく、人間というものはなんて弱い存在なのだろうと痛感しています。

☀ とくに「虐待」に関する話は、「親のせい」にしがちです。

 

それは確かにその通りなのですが、そこには危険性も潜んでいます。

 

クライアントがそう感じ、そのような話をするのはパーソナリティ障害などの場合を除き、問題はないことが多いでしょう。

 

しかし、カウンセラーが事あるごとに「親のせい」にする場合は問題があります。

 

それは以前にもお話したかもしれませんが、カウンセラーが「逆転移」を起こしている可能性が高いからです。

 

「逆転移」というのは、カウンセラーが自分の満たされない思い(親が怖い、親が憎い、過去の恋人にひどい振られかたをしたので理想化した女性像をクライアントに投影して恋愛感情をもつなど)をクライアントに向けてしまうことです。

 

クライアントの方の「転移」は通常は問題ありません。

力のあるカウンセラー、セルフモニタリングができているカウンセラーならばきちんとコントロールしてカウンセリングを良い方向へ進めることができるからです。

「転移」が起こるぐらいじゃないとカウンセリングは進まないという人もいるぐらいです。

 

しかし、「逆転移」は別です。

これは確実にクライアントを害してしまい、カウンセリングもおかしな方向へ向かってしまいます。

 

あるカウンセラーは台湾人の母親と日本人の父親のハーフでしたが、その父親は母親と自分を捨てて若い愛人のもとへ去りました。

そのことからかそのカウンセラーはカウンセリング中にもなぜか第二次世界大戦中の旧日本軍の残虐行為がいかにひどかったかという話や日本社会がいかにひどいかを繰り返しました。(クライアントにはまったく関係ありません(;´・ω・))

母親と自分を捨てた父親への憎しみや怒りを、旧日本軍や日本人全体へすり替えて(無意識に)、しかもそれを「逆転移」という形でクライアントにまで向けてしまったんですね。

彼にとってはある程度長く通ったクライアントは自分の味方のように勘違いしたんでしょう。

多くのクライアントが混乱したようです。

 

このカウンセラーは同時に、ほとんどのクライアントの問題を「親の虐待」にしてしまってもいました。自分の父親への怒りや憎しみを無意識に,間接的にぶつけていたのでしょう。

人間である以上、親の影響は必ずあるので、「親のせい」にしようと思えばいくらでもできるのです。

 

多くのクライアントが害されたことを聞きました。

 

カウンセラーは、自分の心を把握し、コントロールしなくてはなりません。

その点をおろそかにすると、このカウンセラーのようにクライアントの方をかならず害してしまうでしょう。

 

なので、僕は常にセルフモニタリングをし、自分の心を無意識レベルまで探っています。

そして、僕はカウンセラーになる前に自分自身がカウンセリングを受けて自分の心の問題を見つめる過程を経ました。

それでも日常のさまざまな出来事からストレスは受けます。

影響を0にはできません。大事なことはコントロールできているかどうか、です。

 

親から虐待された方も、その影響を0にするのは困難ですが、コントロールできれば負の遺産を自分の子供や周囲、下の世代に負わせることはなくなるのです。

 

そういう意味でも、カウンセリングを受けようという方は勇気があり、本来「やさしい人」が多いように感じます。

一般的には、一部カウンセリングを受ける人を「弱い人」のように捉える人もいるようですが、実際は逆です。

少なくとも自分に都合の悪い事実からさえ目をそらさず、立ち向かっていく「強くあろうとする人」なのです。

「弱い人」というのは、「目をそらして自分を誤魔化し、自分に嘘をついて逃げる人」をいうのだと思います。

 

クライアントの方の多くは、確実に前者です。

 

☀ 心理的虐待を理解するときにキーになる言葉に「ダブルバインド」というものがあります。

 

心理的虐待を理解するためのもうひとつのキーワードが「人格否定」ですが、これは「相手が嫌がることをする」という基本行動がわかりやすいために共通感覚として肌で理解できるように思います。

 

一方、「ダブルバインド」は人間関係的、構造的、かつ一定期間が必要であることもあり、このことが相手に精神的ダメージを与えるということをとくに当人はわかっていないことが多いかもしれません。

 

「ダブルバインド」とは、「二重拘束」ともいわれますが、二つの(あるいはそれ以上の)矛盾したメッセージを与えて相手を身動きできない状態にすることを言います。

 

例えばですが、母親が「子供は元気なのが一番なんだから外で泥だらけになって遊ぶべきだ」と言っておきながら、服を泥で汚して帰ってきたら「なんで洋服を汚したの」と叱責するような場合です。

 

もちろん母親は「『洋服を汚せ』とは言っていない。あくまで喩えであって、それぐらい元気に外で遊べという意味だ」と反論するかもしれません。

これが大人であればこの母親の性格や日頃の言動から「服を汚さない程度に外で遊ぶか、外で遊んだふりをする」という中庸ないしは策略的な対応をするでしょう。

しかし、子供には無理ですし、子供がそんな対応をしている段階で相手の心理を読み過ぎている点で問題があります。そこには恐怖がありますので。

 

このような矛盾したメッセージは精神的に子供の心を硬直させます。

まさしく拘束されたように身動きができなくなるのです。

これを継続的に行うと子供は「怒られる」という恐怖から逃れるために嘘をつくようになるか、相手の真意をさまざまなデータから読み取るような神経質な人間関係しか築けなくなります。最終的には無気力になっていくこともあります。

 

前回のお話は創作ですが、モデルはだいぶ昔にプライベートで知り合った家族です。

「ゴールのないマラソン」と喩えましたが、この母親のメッセージのひとつは「テストで良い点数をとれ」ですが、もう一方で「良い点数はない」というメッセージにもなっていますので、子供はやはり身動きができなくなるのです。

 

無間地獄の拷問

 

そのような状況になってしまうのですが、これは周囲からは認知しずらいものです。

もしかしたら周囲の人は「子供の学力向上に熱心なお母さん」ぐらいにしか捉えていないかもしれません。

しかし、子供の心は確実に蝕みます。

 

もっともこれが1回や2回程度なら問題はありません。

 

長い人生の関わりの中でこの程度のことは普通に起こります。

 

「なんだよ、お母さん。この前は~と言っていたのに」

 

と不満気に言うぐらいで済みます。

 

心理的虐待になるのはやはり回数や期間が関係します。

 

心理的虐待になるケースは、親もまたその親から同様のダブルバインド的関わりをされていることも多く、その問題のある関わりが日常的です。

なので子供は日常的に混乱した精神状態のままであることも多く、精神的に不安定になり、よくあるのはイラつきという形で表現されます。

たいてい子供には自分がなぜイラついているのかすらわかっていないでしょう。

 

 

テーブルの上にリンゴがあります。

 

「手に取ったらその手を切り落とす」

と言われます。

 

「手に取らなければ左右どちらかの手を切り落とす」

とも言われます。

 

あなたはどちらかを選択しなければなりません。

どちらを選択しますか?