心のお話と雑記ブログ  -18ページ目

心のお話と雑記ブログ 

心理のお話などを独断と偏見も交えてお話します!!

☀ 一般的な日本の家庭ならば、夫婦お互いの毎月の給与額は知っていると思います。

 

それは「家族」という経済的に一体の共同体を形成している以上、当然かもしれません。

 

しかし、世の中には数十年にわたって、夫が定年で退職するまで、夫の正確な給与額を知らなかったという人がいます。

 

プライベートでも身近にいるのですが、その結末は莫大な、想像を超えた借金があったというものです。

 

理由は、ギャンブルです。

 

毎月、夫は給料の半分以上を競馬や競輪などにつぎ込んでいました。

 

それだけでは足りず、借金まで繰り返して雪だるま式に増えたのです。

 

診断はありませんが、完全にギャンブル依存の領域です。

 

ギャンブル依存の厄介なところは周囲の人間、もちろん家族でさえもその被害を察知しづらい点にあります。

薬物依存、アルコール依存などは身体症状や生活にもその影響がでるのですが、ギャンブル依存は崩壊するその時までわからないことが多いのです。

理由の一つには、ギャンブル依存の人間は依存行為を続けるために平気でしらっと嘘をつくからです。

 

気づいたら莫大な借金。

 

それまでの人生設計は崩れ、数十年にわたって嘘をつかれた裏切られ感、自分の人生までも否定されたような気持ちになります。

 

もちろんそうなれば大抵はその夫は離婚など見捨てられるか、家族内に居場所がなくなるのですが。

 

もしも夫の給与額を知らない方、夫が給与額を教えないという方は気をつけてください。

 

かならず「何か」理由があります。

 

僕の経験では、圧倒的に「ギャンブル依存」のケースが多いですが、風俗通いなど性嗜癖依存のケースもあります。

☀ 「肉体か、それとも精神か」というのは心理療法でも大きなテーマかと思います。

 

心理カウンセラーはどうしてもあらゆるものを「心の問題」としたがる傾向があると感じます。

 

それはちょうど外科医が患者の病気を治すのに身体を切りたがるのに似ています。

 

自分の興味があること、得意なことを優先的に考えるのは至極当然のことです。

しかし、大事なのはバランスです。

 

そのバランスの判断基準になるのはあくまでも「クライアントにとって何が最善か」です。

 

同じ結果ならクライアントにとってより負担の少ない方を選択すべきですし、効果がないか低い効果しか得られないならば自分が得意ではないほうの選択も必要でしょう。

 

たとえば心理カウンセラーの中には投薬治療を全否定する人もいるようですが、これは間違いだと思います。

たしかに中には質の悪い医者もいて患者を薬漬けにするような悪質な人もいるようです。

全否定する人はこういった医者に関わったケースかもしれません。

 

でも、僕が知るケースでは最小限の投薬で改善したケースもありますし、きちんと依存性などの副作用も計算して投薬治療がなされているケース、精神科医でも投薬に頼り過ぎない治療をしている人もいます。

 

そして、一方で心理カウンセラーの中には自分勝手に病気を作って(病名まで開発して)長期にわたってクライアントからカウンセラー代をむしりとるような人もいます。

 

ようは立派な人もいれば、悪質な人もいるという当然の理なのですが。

 

とくに初期症状の心の問題のケースでは数回の投薬で改善したケースもあります。プラシーボ効果かもしれませんが、それでも改善は改善です。

もしかしたら対症療法にすぎないのかもしれませんし、数年後に根本治療が必要になるかもしれませんが、クライアントの状況によっては現在の苦しみが改善されるならばそれも意味があると思います。

 

なので、僕は投薬治療は意味があると思っています。

 

こちらはどちらかといえば問題を肉体的に捉えているといってよいでしょう。

 

しかし、一方で単純に心の問題をすべて肉体的にだけ捉えるのもどうかと思います。

 

脳科学、医学、検査機器の発達によりこれまで心の問題、ひいては性格の問題とされてきたものが肉体的な病気であるとされてきています。

 

仮説の段階のものもありますが代表的なのはうつ病やパニック障害、依存性の障害、境界性パーソナリティ障害などです。

 

これらは脳の機能上に問題があることがわかってきています。

 

SSRIなどの副作用が従来よりは少なくて効果の高い薬も出てきています。

 

しかし、何らかの理由で薬の服用ができない場合や再発を繰り返してしまっているケースもあります。

 

こういう場合には心理療法でのアプローチが必要になることがあります。

うつ病やパニック障害になりやすい精神状態、考え方、世界観や人生観などに変化を与えることで、「病気になりやすい精神的な場所」から離れる。そうすることで「精神を安定」→「脳(肉体)の状態も安定」ということを図るのです。

 

もちろん簡単ではありません。

 

僕は心理療法のなかでも来談者中心療法にいちばんの信頼をおいていますが、これらの問題には認知行動療法など他の療法も必要です。

クライアントによっては瞑想法を併用することで効果を発揮することもあります。

 

「肉体→精神」の順序で変化をもたらすのか、「精神→肉体」の順序なのかは結局はクライアントの方の状況によります。

これは心理療法でいえばちょうど前者が認知行動療法(とくに行動療法)、後者が来談者中心療法にあたります。

僕は、どちらも大事なものと考えます。

 

うまくいった時の改善過程は実際はこんなに単純ではなくていわば相互作用で双方からのフィードバックがあるものですが。

 

☀ 不倫が流行っているようです。

 

正直、僕自身は個人主義者なので、社会的に適応的かどうかはきちんと判断しますが、犯罪でないかぎりは「責任とれるならその人の自由」だと思っています。

 

ただ、「不倫には真実の愛がある」なんて幻想は針の先ほども持ち合わせてはいません。

 

昔から文学でも映画でも禁断の愛を描くことで「真実の愛」を表現しようとしたものは多いでしょう。

 

身分差の愛、同性愛など。

 

その中でも「不倫」は現代でも使われがちなシチュエーションでしょうか。

 

不倫物語というと「マディソン郡の橋」を想起します。

僕はどちらかというとそこで作られていた野菜のベジタリアンシチューに興味を持ちましたが(;^ω^)実際に作ったら、良い意味でも悪い意味でも意外とそれなりの味でした。

 

ラストは悲恋。

 

でも、不倫ってただの「依存脳」が作り出した幻想にすぎない可能性があるんですよね。

 

快楽物質(脳内麻薬)であるドーパミンを、ただ脳が欲しがっているだけの状態。

 

お互いの家族に発覚したらというスリル、そのスリルの中をこっそり会うことでドーパミンが過剰放出されるというそのシチュエーションを欲しがっているのが不倫の姿の真実に思います。

 

今回の芸能人や政治家の不倫騒動の中でも、斉藤由貴さんのケースではご自宅で会っていたという報道があります。

けっこうこの「自宅で会う」という極めてリスクのある行為をする人は多いようです。

 

わざわざ危険な行為をするのはなぜか?

 

「依存脳」なら簡単に説明ができます。

 

ギャンブル依存症者が生活が破たんするほど借金してまでより多額の金額をギャンブルに費やす、薬物依存症者が日常生活すらできないほど多量の薬物摂取してラリった状態になる、性依存症者が数百人単位で性交渉をもつのと一緒で、より多くのドーパミンを得るために質量とも、より刺激を求めるのが「依存」の本質なのです。

 

もしも不倫をしている人の脳が「依存脳」ならば、単純により多くのドーパミンが欲しくて「自宅で会う」というより高いリスクのある行動をとるのです。

 

そして、不倫をする人はなぜか恋愛対象を結婚している人ばかり(不倫ばかり)にしますが、これも「依存」である可能性を示唆するものなのです。

 

小説や映画では感動的なお話に描かれたりしていますが、「不倫」の本質はこんなものなのかもしれないのです。