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心のお話と雑記ブログ 

心理のお話などを独断と偏見も交えてお話します!!

☀ 僕は「ムーミン」の世界観が好きです。


僕の記憶にあるかぎりですが、最初にみた記憶のある本は「ムーミン」の絵本です。

この絵本のなかの「メソメソ」がお気に入りでした。


「メソメソ」?

と言われそうです。

スナフキンやミー、ニョロニョロは有名ですが、メソメソは知らない人もいるようです。

赤い三角帽子を被っている小さな犬です。

気が弱くて(心理学的には自己評価が低くて)、オオカミを理想化して一方的に仲間だと思っているおどおどした犬のキャラクターです。

アニメでは1話ぶんくらいしか登場していないようです。


絵柄とか建物やなんかの雰囲気とか、いろいろなものが好きなのですが、きつと「違ったものが共存している」という雰囲気が好きなのです。

ムーミンのキャラのなかでいちばんの嫌われキャラはスティンキーでしょうか。(モランは恐れられているという感じです)

ムーミンやスニフ、ムーミンパパにさえ疎まれていますが、どこか「居場所」は確保されている。
そんな感じがします。

それはひたすらのんきで受容的なムーミンママの存在や距離感はありながらも無視や拒絶はしないスナフキンなどの存在があるからでしょう。


それぞれに居場所がある


現実の世界も、そんな風であれたらと思うのはいささかメルヘンチックすぎるでしょうか。

現実の世界は、信じがたい「悪意」も存在しますから。
☀ 当然ながら、世の中にはいろいろな人がいます。

他人(家族も含め)と関わりを持てば、多かれ少なかれトラブルや問題、いさかいやすれ違い、その他さまざまなことが起こるでしょう。


それでもぜひとも人生をかけて関わったほうがいいのは、「困っているときやうまくいかないときに傍にいる人」です。

そういう人は損得勘定だけで一緒にいるわけではない可能性が高いからです。


なんとなく気が合うから

なんとなく一緒にいて楽しいから

なんとなく時間を共有している


大事なことは「なんとなく」


それは物質的なものや経済的な損得の計算などでなく、精神的なものかもしれません。

そして、それは年齢を重ねれば重ねるほどに、得難いものになるかもしれません。

子供の頃は、友達を選ぶのに得か損かではなく、もっと単純に考えていたことでしょう。

でも、大人になると肩書や職業、立場もろもろの付随するもので人を判断しがちです。

そして、会社ではほんとうの友人はできない、大人になったらほんとうの友人はできないと嘆くのです。


でも、大人になってもほんとうの友人はできます。


でも、そのためにはまずは自分が「損得で人を判断する」「肩書や職業で人を判断する」といったことをやめなくてはなりません。

それが数十年の長い習慣であったとしても。

人は似た者同士が集まり、その人間関係が残るものです。

損得で人を判断することを心の底からやめれば、そういう人と出会い、その人との関係が続くでしょう。

でも、長年の習慣はなかなか変えられないものです。
まず本人がそのことに気づいていないことも多いでしょう。

心理カウンセリングではそういう部分も変えていくことが可能です。

キーは、「気づき」です。


では、関わらないほうがいい人というのは?

一言でいうならば、サイコパスです。

彼らは、自分が得することしか頭にありません。裏切る感覚すらなく、裏切ります。


せっかくの人生、前者のような人たちと関わりたいと願うのは自然なことかもしれません。





☀ 心理療法には「優しい療法」と「厳しい療法」があります。


前者の代表は「来談者中心療法」でしょうか。


「来談者中心療法」はその名の通り来談者=クライアントを中心に基本的にお話をうかがいながら、クライアントの方を否定せずに共感的に受容することでクライアントの方自身の心の自己修復力で問題を改善していく療法です。

後者の療法としては一概にはいえませんが、認知行動療法の技法の中には「厳しい療法」といえるものがあります。

よく知られているのがエクスポージャー法(暴露療法)です。

パニック障害の治療法として有名ですが、簡単にいえば「あえてパニック症状を引き起こす場所に行く」という類のものです。

一番つらい状況にあえて向かうことで予期不安を軽減させて症状を改善していくわけですが、当然ご本人にとってこんなにつらいことはないでしょう。

他には強迫性障害の治療法としては「暴露反応妨害法」があります。

一例として、洗浄強迫の場合などはあえて手を本人が嫌がる形で汚し(生ごみなどに触れて)=「暴露」、そのまま洗わない(手を洗うという強迫行動をしない)=「反応妨害」という形をとるものです。

まるで嫌がらせのようです(;^ω^)!

しかし、科学的エビデンスがあるとされていて有効な治療法です。

他にはトラウマの治療法として持続エクスポージャー法もあります。

また依存などの場合は、まず依存行為を100%断つことが最初にすべきことです。

アルコール依存ならばアルコールを、ギャンブル依存ならばギャンブルに関連するもの、性嗜癖依存ならばそれに関係するもの、すべてから遠ざからなくてはなりません。

100%です。

これは「優しい療法」では通常、しないことです。

少しぐらいならいいでしょう、というような関わりをしがちです。

でも、0、0000……1%でも許したら、そこが蟻の一穴となって簡単に依存の人は元に戻ります。
これは見事なくらいに戻ります。
戻るどころか、状況も症状も悪化していきます。


だから100%禁止、なのです。


もちろん「厳しい療法」もいきなり全開で、ということはしません。

日ごろ運動をしない人にいきなりフルマラソンを走れと言っても、挫折するに決まっているのと同じだからです。

段階を踏んでいきます。

僕はまず「優しい療法」=「来談者中心療法」でお話をできるだけうかがい、その人に合ったやり方として「厳しい療法」が必要ならば段階をふんでクライアントの方に納得していただいた上で「厳しい療法」を行います。


「鬼手仏心」



外科医の方が好む言葉のようです。

情け容赦ない、鬼のように厳しいやり方だけれど、相手のためを本心から思い、あえて相手のために優しさとは正反対にさえみえるような厳しいやり方をする。

「優しい療法」も「厳しい療法」も、根本は「クライアントのため」という共通点はあります。そして、どんな療法にもかならず利点と欠点はあるものです。

好みはあります。

個人的には、僕は「優しい療法」が好みです。

でも、残念ながらそれだけでは対処できない、最悪は依存の場合のように意識しなくとも依存行為を肯定することになってしまって、症状や状況を悪化させてしまうこともあります。

「優しさ」と「厳しさ」は、両方必要だと思います。