準備 今日的課題
ICHIROは,完璧に準備をする
・短期的な準備
・中期的
・長期的
・個人向け準備
・グループ向け準備
・全体向け準備
今日的課題をどう学校で扱うか
・テロ ・戦争 ・環境 ・いじめ ・格差社会
・高齢化 ・少子化 ・家庭崩壊 ・差別
・性 ・ネット社会 ・
盲導犬訓練士 多和田悟
NHKプロフェッショナル
・ほめて育った犬は楽しんで仕事をする。
・音に敏感な犬→音で遊んで音を楽しませる
・朝5時から夜9時まで1日に16時間訓練した時期
・何度も本場のイギリスへ足を運んだ
・盲導犬は道具ではなく,人生を豊かにしてくれるパートナー HE,SHEと呼ぶ
・ただひたすらに犬と向き合う日々
・人間は犬より動機付けが必要。志を持つのは彼ら,それを燃やし続けさせるのが僕ら
森村誠一 中村天風
森村誠一「指名手配」徳間文庫(市)
半分読んだが,だめだった。
M山氏推薦の森村作品だが,自分にはそのよさがまだわからない。
武田鏡村「図解中村天風の行動学」東洋経済新報社
空気の存在の大切さ
肉食は毒
体は病んでも,心まで病ませるな
絶対的な積極心
寝るときには楽しいこと,嬉しいことだけを思いながら
明確な意識の有注意力を持つ
五官の感覚を修練する・・触覚(碁石),視覚(10個の物を一瞬だけ見て当てる),聴覚(時計の音や電車の会話を聞く)
NHKプロフェッショナル 幕内雅敏 多和田悟
外科医 幕内雅敏
365日,24時間,医師という姿勢
学び続けることでしか、人の命は救えない。365日24時間医者であれ
10時間以上のオペをした後もオペの記録
新しい論文が発表されたらどんなに疲れていても目をとおす
圧倒的な勉強量
詳細な記録
盲導犬訓練士 多和田悟
イヌ語を話す
ほめるタイミング,行動にうつしたその瞬間
イヌとひたすら向かい合う
イヌを彼,彼女と呼ぶ国
力のない訓練士ではできないことを,わずかな時間でできるようにする
盲導犬は人生のパートナー
渡邉恒雄,安岡正篤
渡邉恒雄「渡邉恒雄回顧録」中央公論新社(市)
もの凄く読書家で,勉強家であることを知った。
特に哲学についての造詣が深い。
安岡氏について苦手としている点も面白い。
政界,財界との広い交友も
伊藤節子「父安岡正篤を語る」関西師友協会(市)
安岡正篤の,人間的魅力が垣間見える。
愛妻家であること,読書と酒を好み,和装の着こなしが見事であったこと,
生活科は廃止か改善すべき
現行の生活科には,多くの問題があると思っています。
くだらないごっこ遊びや,要求レベルの低い自然や社会との触れ合い。
生活科の目標や生活科をつくった方々の思惑と ,現実に現場で行われて
いることとは,かけ離れたものになっています。
高校の未履修問題は,過失が明確なので,問題とされやすかったですが,
授業をしてりゃいいってものでもないと思います。
地域の実態に合わせて,とか,各学校で創意工夫し,などという,
曖昧無責任なものは,早急に廃止か改善すべきだと考えます。
小学校英語をはじめとする総合的学習についても同様ですが。
進歩しないなあ
小・中・高校生の頃,参考書とか問題集とかをたくさん買ってそれで満足しているところがあった。
それから,勉強の仕方,とか○○大学合格体験記とかそんな本ばかり読んで,モチベーションだけあげといて自分は何もしないところがあった。
今も変わらないなあ。
いろんな教育書とか雑誌とかをやたらめったら買ったり借りたりするけれど,どれも半端で自分のものにはできていない。
斎藤喜博とか徳永康起とか東井義雄とか林竹二とか森信三とか,いわゆるすごい人の本を読んで,モチベーションをあげるだけで満足している。
こういうところを直していかないと,根本的に,自分はダメなように思います。
本代けちるようなった
教育技術2年生10月号を本屋で立ち読みして,
岩手県のS先生の仕事術を読んだ。
・朝2時間仕事を行っている
・そしてその前夜の準備が大切である
・5分でできる仕事を大事に
・学級通信毎日20分で書いて発行
・ポータルサイトのカレンダーを利用
・教材研究は一歩先を見る
・トラブル,ノート点検は,即対応・その場主義
久しぶりに教育技術を見たが,いい教育情報が満載だった。
本当は,お金出してバンバン買いたいのだけど,仕方ない。
図書館で,
東井義雄「村を育てる学力」,
小西健二郎「学級革命」,
石田佐久馬「若い教師のための発問のメカニズム」,
徳永先生と「ごぼく」の子ら「愛の火柱」,
田宮輝夫ほか「教科別発問の仕方」
を借りた。
教育の目 的
答えは簡単に出せないことだが,最近また,何のために
教育活動をしているのかを自問することが多い。
何のために,国語を教えるのか。
何のために,算数を教えるのか。
何のために,学習をさせ,何のために・・。
戦争もののドラマをやっていたようだが,ちらっと見て,
戦争を軽はずみにしないような人間を育てることが,
最低限の教育のようにも思えてきた。
国語を今がんばっているけど,どんなに読んだり書いたり
話せたり聞けたりする子を育てても,戦争をするような人間に
育ててしまったとしたら,逆だもんなあ。
向山洋一「教師であることを怖れつつ」明治図書
「おや,少しあわてちゃったのかな」
と言われた子は,すぐに洋服をたたみ直した。
たたみ直しても,ほんの少しよくなっただけだったのだが
「今度は上手だ」
といってほめた。
心配そうな顔が,にこやかに変わった。