エレベーターのドアが開いて、見ると、条くんが片手をポケットに入れて立っていた。
伏せた目を上げた瞬間、「あ…」と言って、それから閉まりかけたドアを素早く手で押さえて、サッとエレベーターに乗り込んだ。
ドアが閉まる。
条くんとふたりきりになった。
私に背を向けて立っていた条くんが、チラッと振り向いて片眉を上げた。
「酔ったんじゃないの?顔赤いよ」
「あ…赤いですか」
「強いの?酒」
「強くはないデス」
「あ、そう。じゃ、誰だ?飲ませたの。マスター、長野くん、岡田、健…」
条くんが指折り数える。
「マスターだな」
「…美味しいカクテルごちそうになりました」
「ったく、アルコールに頼ってんじゃねーよ」
しばらくして、条くんがまた振り向いて言った。
「…どうする?」
「はい?」
「バーに戻るか…酔ったんなら…ちょっと休憩するって手もある」
「…休憩…?」
チン!
バーのある最上階に着いて、ドアが開いた。
でも、条くんは降りずに体ごとくるっとこっちを向いた。
チラッと振り向いて、ある階のボタンを押すと、またドアが閉まった。
「あの…」
休憩という日本語には、そういう意味もあることは知っている。
エレベーターが下降し始める。
「私は…口説かれる役ですけど…?」
つまり、ベッドインするまでの役であって、実際に部屋へ連れ込まれることはない約束だ。
「知ってるよ?」
条くんが一歩近づく。
「君、口説かれる役。俺…」
と親指で自分の胸をさす。
「口説く役」
条くんがまっすぐ私を見つめる。
ポケットから手を出して、そっと私の頬に触れる。
条くんは、首を傾げ、
「でも俺…おしゃべりは、あまり得意じゃないんだ…」
と私の唇を見つめた。
キスされても、いいと思った。