岬と駿作を連れて、岡田は東京行きの新幹線に乗った。
「お弁当!お弁当!」
「え?駿ちゃん、もう食べるの?早いよ」
「だってお腹空いちゃったんだもん。もう僕腹ぺこや〜」
岡田の隣でお腹を押さえて困り顔をする駿作を見て、岬は笑った。
「もうちょっと我慢せえや。後で腹減るぞ」
駿作につられて大阪弁になっている岡田を岬は新鮮な思いで見た。そういえば、岡田の寛いだ姿を見るのは久しぶりだ。付き合っていた頃以来か…。
いろんなことがあり過ぎて、付き合っていたのが随分昔のような気がするが、実際、岡田と別れてからまだ三か月も経っていなかった。
三宅が死んでからというもの、岡田の気遣いに岬は心底感謝していた。こうして、駿作と三人で東京に帰るという提案も、駿作がいる方が岬の気が紛れると考えてくれたからだろう。
そして、それはその通りだった。根っからの子供好きの岬は、駿作の無邪気さに触れて、久しぶりに明るく前向きな気持ちになれた。
三宅を失い、いっそ自分も死んでしまいたいという気持ちにならなかったと言えば、嘘になる。
が、自分が死ぬわけにはいかない。なぜなら、三宅が命がけで守ってくれた命だからだ。
そう思って、踏ん張っていた。
しかし、子供が目の前にいて、また子供たちと一緒に過ごせる日々が来るのなら、踏ん張らずとも、自然に生きていけるような気がした。
結局駿作は大阪を出るなりお弁当を食べ、満腹になると岬の隣に来て、岬の膝枕で眠ってしまった。
「食って寝るだけだな。ほんと幸せなやつだ」
岡田は駿作を見てフッと笑うと、窓の方に肘をついて外を見た。
岬は駿作の頭を撫でて、
「可愛い…。また、駿ちゃんの先生になりたいな」
と呟いた。
岡田は窓の外から視線を移し、岬を見た。
駿作を愛おしげに撫でる岬の姿。その慈愛に満ちた表情が眩しかった。
ここ数日、どこか自分を見失っているかのように見えた岬が、やっと本来の岬を取り戻した。岡田はそれが嬉しかった。
岡田は、少しでも早く岬の心の傷が癒えることを願っていた。そのためなら、自分にできることは何だってする。そう決めていた。
岬をホテルに移し、あれこれと世話を焼くうちに、岡田の岬への思いはどうしようもないほど大きく膨らんでいた。
外では気丈に振る舞っていた岬が、ホテルの部屋に戻ってふたりきりになると、急に頼りなく寂し気な様子を見せることがあった。岡田はそのたびに抱き締めたくてたまらなくなった。
その思いを抑えて、仕事の顔をしていても、たまに岬の方からすがるような不安げな目で見つめられると、やはり理性を失いそうになった。
それでも、どうにか押さえてここまで来た。
岬の気持ちはまだ三宅にあるかもしれない。が、そんなことはどうでもよかった。
たとえ岬の気持ちが自分の方に向いていなくても、岡田はもうこれ以上自分の気持ちに嘘はつけない、そう思っていた。
それに…
岬の膝で眠るあどけない駿作の寝顔。
駿作をこれ以上傷つけたくなかった。妻の和佳子がこれからも駿作を愛せず、無視し続けるというのなら…もう…。
岡田は、東京に帰ったら、妻と離婚の話をするつもりだった。