三宅の自殺が報じられた直後から、三宅と岬が住んでいたアパートの周りには絶えずマスコミがうろつくようになった。
しかし、岡田が早々に手を打っていたので、岬は既にアパートを引き払ってホテルに身を隠していた。
「岬の荷物は一旦うちに置いてるけど…」
「うちって…岡田さんの実家?」
「ああ」
「すみません」
「いや…」
三宅は出血多量で病院に運ばれたときにはもう手遅れだった。岬はむろん取り乱したが、それでもその後の事情聴取では、気丈にしていた。
事情聴取の後も、葬式やアパートの解約手続き、離職の手続きなどで慌ただしく、ゆっくり悲しみに浸る間がなかった。
ひと段落した今頃が一番心と体に来るだろうと岡田は思っていた。
岬が動けなくなってしまわないうちに、東京に戻る方がいい。
「新幹線の切符取ったから。一緒に帰ろう。駿作も連れて帰る予定なんだ」
ひとりで帰すわけにはいかなかった。マスコミからも守らなければならないし、それに、万一のことがあってはいけない。
岬には、三宅と描いていた未来がきっとあったのだろう。それが…あんなふうに三宅を失って、その未来も消えた。
だから、もうどうなってもいい、と人生に対して投げやりな気持ちになることも充分考えられる。
「…はい」
とりあえず、東京に戻る。それには、岬も合意していた。しばらくウィークリーマンションにいて、落ち着いたら住む所と仕事を探すことにしていた。
「大丈夫?明後日だけど、行けそう?」
「…はい」
「じゃあ…また明日」
「…はい。岡田さんは…これからお仕事に戻るんですか?」
「ああ。あとひとつだけ。それが終わったら、ひと段落だ」
岬のホテルを後にした岡田は、とある大会社のビルにやって来た。
受付で警察手帳を見せ、
「社長はいますか?」
と聞いた。
「アポイントは?」
「ない」
手帳を内ポケットにしまうと、じっと正面から受付嬢を見据えた。
しばしの沈黙。
受付嬢は目を逸らし、電話を取った。
「社長にお客様です。案内お願いします」
「ありがとう」
軽く手を上げて微笑むと、受付嬢も微笑み返した。
それから岡田はビルの最上階にある社長室に案内された。
窓に向かって座っていた社長がくるりと椅子を回してこちらを向いた。
「いったい警察が何の御用ですかな。まあ、おかけください」
と、ソファセットを指差し、自分も立ち上がろうとした。
「いや、けっこう。どうぞそのまま」
「そうですか。そちらさんもお忙しいでしょうが、私も忙しいもので…。手短にお願いしますよ」
「では、手短に」
と言うと、岡田はまっすぐ社長を見下ろした。
「あなたに強制性交等罪の容疑がかけられています」
社長の顔色が一瞬変わった。が、すぐにハッと笑った。
「いや、何の冗談ですかな?それは。東京の人の冗談は笑えませんなぁ」
「身に覚えはありませんか?」
「あるわけないでしょう」
「そうですか。30年も昔の話ですからお忘れなのかもしれません」
社長はジロリと岡田を睨んだ。
「どのみち、もう時効だ」
と言って岡田は社長の前を歩きながら話し出した。
「あなたがここ10年のうちに同じ過ちを犯していなければ、あなたが逮捕されることはない」
社長はいぶかしげな顔でじっと岡田を注視している。
「しかし、被害者の気持ちに時効は無い」
岡田は立ち止まって振り向いた。
それから社長の机の正面に立ち、ジャケットの内ポケットから三宅の写真と例のリストを取り出し、机の上に置いた。
「見覚えがあるでしょう」
「…これは…確かニュースで…」
「自殺した連続殺人犯です。彼の次のターゲットが、あなただった」
そう言って、リストの名前を指差した。
「まさか…」
「狙われる心当たりはない?」
片眉を上げる。
「あ…当たり前だ。何のことかさっぱり…」
「じゃあ…」
岡田は、今度はDVDを取り出して机の上に置いた。
「ご覧になりますか?あなたが犯した罪を。彼はこの事件の被害者だったんですよ。私もこれを見て、思い出したんです」
「…⁇」
「これはすでに時効だ。警察には何もできない。今日は警察としてではなく…」
岡田はバン!と机に手を置いて、鋭い目で社長を見据えた。
「被害者として、あなたの良心を確かめに来たんです」