「さっきさぁ、悪いことは悪いことだって言ってたよね?岬。警察に」
岬はゴクリと唾を飲み込んだ。
「だけどさぁ、八木のおっさんと俺とどっちが悪いかって言ったら、断然あっちだよ。あの助平オヤジ、俺たちと暮らしてたときさ、母親と俺と両方ファックしてたんだぜ?」
「…え?」
三宅は岬の肩を抱いていた手を離し、前を向き、脚の間で手を組んだ。
「いつか、やってやろうと思ってた…」
岬はあまりのことに声もなく三宅の横顔を見つめていた。
三宅は岬を振り向き、髪をかきあげて笑った。
「そしたらこないだ突然現れてさ、一緒にゆすりをやろうって言ってきやがった。俺が小さい時にファックされたDVD持って来てさ、『お前も恨みがあるだろう』って」
「…DVD…?」
あのDVDのこと…?
「それを買った連中と、その時実際俺をやった奴らの名前まで教えてくれてさ。八木は俺をゆすりの実行犯にするつもりだったんだ」
「…それで…」
「それで決心したんだ。八木を殺して、リストに載ってる俺をやった連中を殺そうって」
「どうして…?警察に言えばよかったんじゃ…」
三宅はハッと笑ってまた髪をかき上げた。
「だって何年前の話だよ?とっくに時効だよ。警察は役に立たない」
それから遠くを見つめ、
「…なんで時効なんてあんのかな?悪いことは時間が経っても悪いことだよなぁ。水に流すなんて…悪いことされた方は一生、水に流したりできないのに…」
と呟いた。
「人殺しは悪いことかもしれないけど、俺は、八木やあの社長の木下って奴に、殺されるより酷いことされたと思ってる」
岬は何も言えずただ涙ぐんで聞いていた。
「公園の変質者は…それとは関係ないけど、たまたまその場に居合わせたからさ…。子供が大人の男に抵抗できるわけないじゃん」
「…健ちゃん」
やはり駿作を救ったのは三宅だった。幼い頃の自分と駿作が重なったのだろうか。
「あと二人、リストに載ってる奴が大阪にいたから、そいつら殺して、それから自分も死のうと思った。あいつにはさ、大阪にはいい思い出しかないから大阪に来させることは簡単だった」
あいつと言うのは岬の知ってる三宅のことだ。母親と家族旅行に来た思い出の場所。確かに三宅はそう言っていた。
「ほんとにいい思い出だけ?あの…DVDは?関西弁だっけど…」
「見たの?岬」
「最初だけ」
「そっか。ごめんね。もっとちゃんと隠しときゃよかったな。あれ、大阪に来た時のだよ。あいつはさ、新喜劇見たとこまでしか覚えてない」
「どうして…?」
「後は全部、俺が引き受けてやったから」
「どういう意味?」
「あんなこと覚えてちゃ、あいつ壊れちゃうだろ?だから酷く嫌な記憶は全部俺が代わりに覚えててやるんだ。それ以降ずっとだよ。あいつは嫌なことされたってなんとなく感じてるだけ。だから、今まで生きてこられた」
岬はポロポロ涙をこぼした。
「もちろん、岬に出会えたことも大きい」
三宅は泣いている岬を慰めるように岬の背中をそっと撫でた。
岬は手で顔を覆い、泣きながら言った。
「自首して…。健ちゃん。一緒に行くから」
「もう遅いと思う」
「まだ…逮捕令状出てないから。今なら間に合う…っ」
すると、三宅は岬の顔を覗き込み、
「自首しなきゃいけないほど、俺、悪いことした?」
と聞いた。
岬は顔から手を離して、三宅の顔を見た。
素朴な疑問をぶつける子供みたいな顔をしている。岬はつい、子供に言うように言った。
「健ちゃん…人を殺しちゃ、ダメだよ」
私は誰に何を言っているんだろう?なぜ大の大人にこんな当たり前のことを言っているんだろう?
すると三宅は、
「悪い大人を殺すことは、幼い子を無理矢理ファックするよりダメなこと?」
と眉尻を下げて聞いた。
岬は泣きながら首を横に振った。
「どっちがとかじゃなくて…」
「俺が殺さなきゃ、あの子はファックされてた。俺が殺さなきゃ、八木はゆすりをやっただろうし、あの社長はまた子供をファックしたかもしれない。そういう連中を殺すことはそんなに悪いこと?」
目の前の三宅に何と言えばわかってもらえるだろう。
「…健ちゃん…殺されてもいい人なんていないんだよ」
「無理矢理ファックされてもいい子だっていないよ」
「わかってる。それはわかってるけど…!」
なぜか涙が溢れて止まらなかった。気づけば岬は三宅にすがりついて叫んでいた。
「健ちゃん、ダメだよっ…!そんな調子じゃ…っ…捕まったら、反省してないって思われちゃうよ⁈」
「反省?」
三宅は呆れた顔をして、岬を見た。
「してないよ。だって反省すべきはあいつらだろ?俺は、やり方はめちゃくちゃかもしれないけど…悪いことは、してない」