森田に連絡を取った後もしばらく寝付けなかった三宅は、明け方になってようやく眠りに落ちた。
朝、目が覚めると既にベッドに岬の姿はなく、時計を見るととっくに岬の出勤時間を回っていた。
「やっべぇ…!」
保育園まで送って行くと約束したのに!
三宅は跳ね起きて部屋を見回した。
すると、ひょこっと岬がキッチンから顔を出した。
「あ。やっと起きた」
寝癖頭に上半身裸の三宅はポカンとして岬を見た。
「あれ?え?」
もう一度時計を見る。
「岬、今日休みだっけ?」
「お休みにしたの」
「え?なんで…。あ!俺が送って行くって言ったのに起きなかったから?ごめん!」
「違うよ」
岬はベッドに腰掛けて、三宅の髪に手を伸ばした。
寝癖を直しながら、
「健ちゃんと…デートしたいなと思って」
と微笑んだ。
「え?…ってことは、サボり?」
岬は、照れ笑いしながら、うん、と頷いた。
「健ちゃん…新喜劇、見に行こっか?まだ行ってなかったもんね」
三宅と岬が大阪を選んだのは、三宅が幼い時に母と旅行に来た思い出があったからだ。それは三宅が経験した唯一の家族旅行だった。
「そんときさ、新喜劇観たんだよ。もう大爆笑してさ、俺が人生で一番笑ったのって多分あの時」
「ふふ。いくつだったの?」
「小1かな?そんときさ、東京で母の彼氏と一緒に住んでたんだけど、なぜかそいつはいなくて、母とふたりだけで大阪来たんだよね」
「彼氏って…その…」
「ああ、そう。俺がそいつの息子だって、森田が言ってた…あの男」
「そう。…ねぇ、じゃあ健ちゃん、大阪に行く?」
「そっか…。そうだなぁ。大阪にしようか。人が多い都会の方が、隠れるにはいいかもしれない」
そうして、ふたりは大阪に来ることを決めたのだ。
岬も、岡田の出身地であることで、なんとなく大阪に親しみを感じていた。
もう二度と岡田に会うことはなくとも、どこかで岡田と繋がっていたい。無意識のうちに、そんな思いがあったのかもしれない。
岬は、昨夜森田が訪れたときの三宅の様子が気になっていた。
絶対守ると言われて不安になるのは、三宅に悪い気もしたが、岬は三宅のその意志の強さが怖かったのだ。
三宅は見た目のわりに、男らしいところがある。三年前、音信不通になったのも、岬に手を出されたくない、岬を守りたいという気持ちがあったからだ。
しかし、聞けば借金を抱えたきっかけも、盗みの濡れ衣を着せられたからで…だったら自分に一言相談してくれれば、他にやりようがあったのではないかと、岬はそう思わずにはいられなかった。
三宅は、強い意志や大胆さを持ちながら、一方で、繊細で脆いところがある。どこかアンバランスなのだ。その危うさがほっとけないのだが…。
だから、岬は三宅を笑顔にしたかった。
「岬を絶対守る」という言葉に悲壮な決意が秘められているようで、怖かったのだ。
その決意も、不安も、そしてこれまでの三宅の不幸も、全部笑い飛ばしてしまいたかった。
岬は、三宅の笑う顔が見たかった。