岡田と井ノ原は愛媛に行き、住所をもとに岬の実家を訪ねた。
が、既にそこには別の家族が住んでいた。近所の人の話では、岬の両親は数年前に他界したという。
結局、三宅はおろか岬の足取りすら掴めずに、ふたりは東京に戻ることになった。
「ったく…岬先生、どこ行っちゃったんだよ。…あれ?岡田、食わないの?」
東京行きの電車の中で、駅弁を食べながら井ノ原が言った。
「…ああ」
「うまいよ?食わねーんならもらっちゃうよ?」
井ノ原は岡田の弁当に箸を伸ばした。
「食いますよ!」
岡田はサッと弁当をかばうと、パクパク食べ始めた。
「お!いい食いっぷり。腹が減っては戦ができぬってね。さて…まふまふあやふぃふはっへきはな」
「ちゃんと食ってから話して下さいよ!何言ってるかさっぱわかんねー」
「いや…ね?」
井ノ原は咀嚼して飲み込むと、箸を持ったまま話し出した。
「ますます怪しくなってきたって言ってんの。だってさ、岬先生は、愛媛に帰るとお前に言ったんだろ?なのに、帰ってない。これどういうことよ?」
「…さぁ」
岡田は首をひねる。
「つまり、お前に嘘をついたわけ。彼女は」
岡田は黙っていた。
なぜあのとき岬は嘘をついたのか。岬が岡田に居場所を知られたくなかったからだとしたら、それはなぜか。
それは…
最後に交わしたキスと岬の熱い視線。
それは…
お互いの未練を断ち切るためだったんじゃないだろうか。
もう二度と会えない。そんな状況にするしかなかった。だから黙って引っ越すつもりだった。なのに、俺が訪ねて行ったもんだから、岬は嘘をついた。
「お前が刑事だからだよ」
「え?」
「岬先生は、既に三宅を匿ってたんだよ。きっと。だから嘘をついた」
「いや、待ってください。彼女は例え元彼だろうと容疑者を匿うような人じゃない。それに、子供たちにやっていいこととやっちゃいけないことの区別を教える立場の人が…」
「やっちゃいけないことをさぁ…」
と井ノ原が横目で岡田を見た。
「やっちゃうのが、人間でしょ」
岡田は、一瞬自分と岬のことを言われているのかと思い、ドキッとした。
妻子ある身で、岬と愛し合った。やってはいけないことだとお互いにわかっていたのに…止められなかった。
「だから、犯罪はなくならない。わかってても、やってしまう人間はいる。
犯罪レベルじゃなけりゃ、人間ってやつはさ、ほんっとにたくさん、やっちゃいけないことをやっちゃってるよな。…まあ、もちろん俺も含めて言ってんだけどね」
井ノ原はそう言うと、また弁当に箸を伸ばした。
岡田は弁当を食べる井ノ原の横顔に、ふと寂しさのようなものを感じ取った。
職場では、上司に気に入られ、部下に懐かれる明るい人柄の井ノ原だが、プライベートでは、離婚して最愛の息子を手放している。
息子には会えているのだろうか…。
自然、岡田の頭に駿作の姿が思い浮かんだ。
「…あ!」
そうだ!
「なんだよ、准ちゃん!急にデカい声出すなよ」
手紙だ!
「ちょっ…すみません!」
岡田は弁当を放り出して立ち上がった。ポケットから携帯を取り出しながら車両のドアに向かう。
ドアを出ると、大阪にいる姉に電話をかけた。
車窓を流れる景色と携帯を耳に当てる岡田の真剣な表情が重なる。
「ああ…!もしもし、姉ちゃん?ちょっと聞きたいんだけど、駿作に手紙来てなかった?俺以外の誰かから」
「なによいきなり。手紙?」
「来てなかった?駿作宛に」
「ああ、そういえば保育園の先生から来てたわ」
「それ!その手紙、差出人の住所書いてた?」
「は?どやったかなぁ」
「ちょ…確認して!」
「え?今?」
「今すぐ!早く!」
「ちょっと待ってや。確か駿作、宝箱に入れとったなぁ…」
しばらくすると、姉の声が再び電話口から聞こえて来た。
「あったで。せやけど、差出人の住所書いてへんわ。名前だけ。うのみさき?」
「書いてへんか…。じゃあ、消印は?消印はどこになってる?」
「消印?消印はなぁ…大阪やわ」
「大阪⁇」