三宅はドアスコープを覗くと、黙ってベッドまで戻って来た。
「誰…?」
「…シッ!」
ベッドに上がり、岬を抱き寄せる。
ピンポン♪
三宅は息を殺して玄関のドアを睨んでいる。岬はその腕の中で不安げに三宅を見上げた。
「三宅さーん、お留守ですかぁ?三宅さーん」
森田の声だった。
「盗んだもんちゃんと返してくんねーかなぁ」
「健ちゃん…っ」
三宅は声を潜めて岬に言った。
「シッ!例のリストのことだよ。言ったろ?俺は持ってない」
「三宅ー。出て来いよぉ」
ピンポン。ピンポン。
ドアホンはしばらく鳴り続けたが、やがて静かになった。
三宅と岬はホッと胸を撫で下ろした。が、それも一瞬で、ふたりはまた不安げな顔で見つめ合った。
「明日から、朝保育園まで送ってくよ。でも、帰りの方が心配だな。俺はともかく…岬にだけは…絶対指一本触れさせねーよ…」
三宅はギュッと岬を抱きしめた。
「…健ちゃん…痛い…っ」
岬の声は三宅には届かなかった。
「健ちゃん…?」
きつく抱きしめられて、三宅の表情を見ることができない。
「ねぇ…痛い。…離して…?」
ところが、三宅はさらにきつく抱きしめた。
「健ちゃんってば!聞いて!ねぇ…っ」
「あ!…ご、ごめん!」
慌てて三宅は岬を離した。
「聞こえてなかったの?」
「何が?」
「何がじゃないわよ。痛いから離してって言ったのに」
「ああ…ごめん。なんか…ちょっと…」
「そんなに心配しないで。大丈夫よ。だって健ちゃん身に覚えないんでしょ?人違いなんでしょ?」
本当は岬も怖かったが、岬の声も耳に入らないほど動揺している三宅を落ち着かせるために、そう言った。
「あ。ねぇ…健ちゃん」
「何?」
「あのね…警察…」
三宅はビクッとして岬を見た。
「警察に…相談してみたらどうかな?」
「え?」
「相談したら、守ってくれないかしら?」
三宅はハッと笑った。
「甘いよ岬。警察は何かあってからじゃないと動いてくれないんだから」
それから目を伏せて、組んだ手を見つめながら呟いた。
「それにね、俺なんかの言うことは信じてくれないんだよ警察は」
「どうして?」
「身寄りもない、施設上がりの人間はそれだけで犯罪者みたいに見られんだ」
「そんな…」
「知ってんだって。やってもいない万引きに盗み…。ハッ。今までどれだけ濡れ衣を着せられてきたか。3年前だってそうだよ。俺がバーの金盗んだって濡れ衣着せられて借金こさえてさ…」
「健ちゃん…」
「岬…」
ふたりはかたく抱き合った。
「俺…守るから…岬のこと。絶対、守るから…っ」
やがて岬は三宅の腕の中で眠りに落ちた。しかし、三宅は目が冴えて眠れなかった。時刻は夜中の零時を回っていた。
三宅は起き出して、暗がりの中、スマホのライトをたよりに上着のポケットから森田の名刺を取り出した。
そして、名刺にある連絡先に電話をかけた。
スマホを耳に当てる。
「…もしもし…」
三宅の低い声が深夜の部屋に静かに響いた。
「…渡してやるよ。…あんたが、欲しがってるもん…」