だから、いつもできるだけ目立たないようにしているつもりなのに、なぜか人が寄って来ては、離れて行った。
自分には、何か欠落しているところがあるのだろう。だから、人付き合いが上手くいかないのだ。それは三宅自身の努力では、どうにもできないものだった。
例えば、三宅は、ぼーっとしてるうちに気がつけば時間が経っていて、今自分は何をしていたんだろう?と思ったりすることが度々あった。そんなときに人から話しかけられても、まず聞こえていない。
それが冷たいだの、無視されただの、人をバカにしてるだのと言われる一因だろうということは、岬に指摘されて初めて気づいた。
岬は、三宅に悪気がないことを初めて信じてくれた人間だった。
健ちゃんは、子供みたいで可愛い。
付き合い始めた頃、岬は三宅にそう言った。
私ね、大人より子供の方が尊敬してるんだ。子供はよくわかってるんだもん。目が曇ってないのよ。心の目が。
健ちゃんも、そうだよね。健ちゃんは、子供みたいにきれいな心の目を持ってる。
保育士の岬は、優しくて母性的で、三宅は岬といると安心できた。
3年ぶりに、岬を抱いて、三宅はやっと安心できる場所を取り戻した。
三宅に抱かれながら、岬は、ひょっとして自分はただの淫乱な女なのだろうかと思ったりした。岡田を頭から振り払い、三宅に身を委ねれば、三宅を愛しいと思う自分がいたからだ。
岡田に抱かれれば岡田を愛しいと思い、三宅に抱かれれば三宅を愛しいと思う。
私は、男なら、誰でもいいのだろうか。自分を必要としてくれる男に甘えられれば、誰にでも体を許して、誰でも好きになってしまう。そして、男に捨てられても文句も言わない。そんな、男にとっては都合のいい女なのだろうか。
…だとしても、だからなんだ?
それで誰を不幸にしてる?
岬は半ば自棄になっていた。自棄になるほど自分の傷が深いということには、思い至らず…。
三宅は岬を捨てたわけではなかった。そして、こうして岬のところに戻って来てくれた。
岬に受け入れられないかもしれないと恐れながら、それでも雨に濡れ、三宅は岬を頼ってやって来たのだ。
岡田は、もういない。
三宅を受け入れない理由は、どこにも見当たらなかった。
岬は、岬の中に自身を埋めて、恍惚とする三宅を見上げた。
閉じた目。震える睫毛。中途半端に開かれた口。揺れる前髪。喉仏。鎖骨。
女の岬が恥ずかしくなるほどの三宅の美しさは、20代の頃と変わらなかった。そして、色っぽさは若い頃より増していた。
熱い息を吐いて、三宅が岬の上にしなだれかかった。
「健ちゃん…重…いっ…」
言えば、わざとよけいに体重をかけてくる。
「みさきぃ…っ」
甘えた呼び方や仕草が、付き合っていた頃と同じだった。
「健ちゃん…変わらないね」
「何?相変わらずスケベだって?」
三宅が顔を上げて、悪戯っぽく笑う。
それから、ふと寂しげな表情をして、
「岬は、大人になった」
と言った。
岬はハッとした。
そうだった。付き合ってた頃、岬は三宅のそんな表情にいつもドキッとさせられていたのだ。
この男をひとりぼっちにしてはいけない。
岬にそんな使命感にも似た思いを抱かせる表情…。
「…変わった?私」
「うん」
三宅はチュッと唇に軽くキスをして、岬を見下ろした。
「色っぽくなったよ…前より…ずっと」
そう言って、満たされた甘い笑顔を見せた。
騙された。と、岬は内心、苦笑した。しかし、寂しげな表情が気のせいだったなら、それはそれで、安心した。
また、この男に振り回される日々が始まる。
その予感は岬にとって、決して悪いものではなかった。