それは、岡田のミスだった。
バーで井ノ原と岡田が三宅に当たった後、6係は交代で三宅に張り付いていた。
が、岡田が張り込んでいた夜に、姉から電話が入った。
「あ、准?あの…駿作まさかそっちに行ったり…してないよね?」
「は?来るわけないだろ。なに?いないの?」
「…うん。ごめん」
「……」
どう考えても駿作がひとりで東京に来れるわけはなく、とにかく近所を探して、警察にも届けてくれるよう頼んだ。
三宅が傘をさしてバーから出てくるのを見て、尾行している途中で、また姉から電話が入った。
駅にいるのを警察に保護されて見つかったという知らせだった。ほっとしたが、電話に出た駿作を叱った。
「バカッ!いい子にしてなきゃ迎えに行かないぞ!」
「だって…いい子にしてるのに…パパ、ちっとも迎えに来てくれないんだもん…っ!」
だから自分から岡田に会いに行こうと思ったらしい。いつ迎えに来てくれるのか、会いたい会いたいと、駿作は泣いた。
駿作をなだめすかしているうちに、気がつけば、岡田は、三宅を見失っていた。
そして、その晩、第四の殺人事件が起こったのだ。被害者は、例の顧客リストに載っている人物だった。
6係で、ミーティングが開かれた。ふらりと立ち寄った2係の長野も、壁にもたれて聞いていた。
「ガイシャはIT企業サイバーBの社長。木下信一。59歳。例の顧客リストに名前があった人物だ」
井ノ原が被害者の写真を指し示し、さらに詳しい説明を加えた。それから、テーブルに両手をついて、仮説を話し出した。
「仮説1。ガイシャを含む顧客リストに載ってる何人かが、既に元オーナーにゆすられていた。それで、その何人かは結託して元オーナーを殺した。今回、ガイシャがやられたのは、その顧客どうしの内輪揉めによる」
井ノ原が6係のみんなを見渡し、それから指を二本立てた。
「仮説2。犯人は三宅。元オーナーはゆすりの話を森田より先に、三宅にも持ちかけていた」
井ノ原のこの仮説に、みんなは顔を見合わせた。
「三宅は、脅し取った金の配分で元オーナーと揉めて、殺した。公園の変質者はゆすりの仲間か、あるいは三宅の犯行を目撃したために殺された。三宅は、金を独り占めしようとして、その後もひとりで客をゆすり続けた。ところが、今回のガイシャは三宅のゆすりに応じなかった」
「それで殺されたと?」
井ノ原は頷いた。
「根拠は?」
と長野が聞いた。
「三宅は3年前、勤め先のバーの金を盗み取って借金を抱えてる。それでバーをクビになって、借金返済のためにホストをしていた。その時からすでに客に対してゆすりをしていた可能性がある。たった3年で多額の借金を返しているからだ」
「その時に、ゆすりを覚えて、味をしめたと?」
「かもしれない」
「ひょっとしたら、ゆすりの話は元オーナーからじゃなく、三宅から持ちかけた話かもしれないな。三宅が取ってきた顧客リストなのに、元オーナーが欲を出したもんで、三宅が怒って殺した」
長野がそう言うと、井ノ原はさらに説明を付け加えた。
「元オーナーは三宅の母親の恋人だった。三宅は幼い頃、母親と元オーナーと三人で暮らしたことがある。三宅に血縁はいないし、金を貸してくれるような友達もいない。15歳から18歳まで入っていた施設の職員とも、関係は希薄だ。金に困って頼れそうなのは、元オーナーぐらいしかいない」
「接触は?」
「ふたりが接触した事実はまだ掴めてない」
「現時点では、あくまで主任の推測の域を出ないってことですね?」
と、誰かが念を押した。
「もちろん、そうだ」
井ノ原は頷いた。
「が、最大の根拠は、社長殺しの夜から、三宅が姿をくらましているという事実だ。ただの偶然とは考えにくい。とにかく、一刻も早く、三宅の居場所を突き止めるんだ。でないと…」
井ノ原はみんなを見回した。
「…次の犠牲者が、出るかもしれない」
井ノ原と長野の目が合った。長野は、やれやれといった風情で組んでいた腕をほどいて、天井を見上げた。
岡田はやりきれない思いで、テーブルの上で組んでいた手を見つめていた。
確かに、今の状況から見て、井ノ原の仮説はかなり筋が通っている。
だが、井ノ原の推理する三宅という犯人像と、岡田が実際に会った三宅の印象とは、どうもちぐはぐな気がした。
しかし、岡田は井ノ原にそれを言い出せないでいた。
三宅が犯人だとしたら…岡田が三宅を見失ったことは、致命的なミスだったからだ。
そしてもし、また次の殺人が起こったとしたら…?
自分のせいだ。
岡田はテーブルの上で拳をぐっと握りしめた。
「三宅を…探してきます」
岡田はガタッと席を立ち、長野の前を横切り、小走りに部屋を出て行った。