聡美さんは私たちの向かいのソファに腰を下ろした。
宝先生は話を続けた。
「…そう…なんですか?」
「いや、だって…うん、わかったよ。言葉とかじゃないから。そういうのは」
「態度に出てたってことですか?」
「態度に出てたっていうか…まあ、わかったと思う。上野さんの愛を条くんは感じてたんじゃないかな」
聡美さんは足を組み、頬杖をついて宝先生を見る。
宝先生は手振りをまじえて、話し続ける。
「自分には、その…別の女性ができたわけだけど、それでもまだ好きでいてくれるのは、申し訳ないって気持ちの一方で、ありがたいって気持ちもあって…。
だから、上野さんの純粋に条くんが好きだって気持ちに対して、条くんも男としてじゃなくて、人として?応えたいって気持ちがあったと思うよ」
「人として…応えたい…」
まだヴィクトリー校にいるときに、条くんが色々教えてくれたことや、山田先生から庇ってくれたことを思い出した。
「だから、さっき上野さん、支え合ってるとか特別な関係だとか勘違いしてたって言ってたけど…それ、勘違いじゃないと俺は思う」
宝先生がまっすぐ私を見る。
「男として期待に応えてあげることはできなくても、自分を好きでいてくれる女性って、やっぱり男にとっては支えになるし、逆に支えにもなりたいし…特別な存在なんだよ」
宝先生の言葉を聞いて、私の脳裏に浮かんだのは、偶然出会ったあの夜の条くんだった。
何も言わず私の手を握って、素っ気なく向こうを向いてしまった条くん。
窓の向こうでキラキラ輝いていた街灯り。
後部座席の真ん中で繋がれた、私と条くんの手…。
だとしたら、あのとき私が感じた条くんの愛は…勘違いじゃなかったってことで…。
「…へーぇ」
聡美さんが腕を組んで繁々と宝先生を見つめた。
「随分饒舌じゃないの。あなたにしては。さては、特別な存在を私に隠してるな?」
「隠してないよっ」
聡美さんはアハハッと笑って、私と目を合わせた。
聡美さんなら、宝先生にそんな存在がいても、おおらかに構えてるんだろうなと思った。
「俺の印象ではね?条くんは今…男としてひとりの女性を守るために真剣勝負をしてるって…そんなふうに見えるんだよね。千帆さんの病気のことは、条くんが何も言わないから俺も詳しく聞いたりしないけど。
その真剣勝負をするために、上野さんと別れることが必要だったわけで…
なんて言うのかな…。上野さんは、それをわかってくれてるわけじゃない?」
確かに、条くんが千帆さんのために頑張りたいと思う気持ちは、すごくわかるし、それを応援したい気持ちはある。
「わかってますけど、嫉妬もしてます」
「でも、嫉妬だけじゃない。上野さんは、条くんに…言い方悪いかもしれないけど…ごめんね?…例え捨てられても、恨みや嫉妬だけじゃなくて、条くんが決めたんなら、その選択を受け入れて応援したいって気持ちがあるでしょ?」
すると、聡美さんが、
「だってそうするしかないじゃない。好きなんだもん。ねぇ?」
と言って私を見た。
「だから、それがどれだけ男…ってか条くんにとって、心強いかって話だよ。上野さんの愛は間違いなく条くんを支えてる。俺はそう思うよ」