「すごくいいところね。見晴らしもいいし。前から知ってたの?」
「健と宝と一回来たんだ」
「男3人で⁇」
「うん。もう歳だからさ、みんな健康に気使ってんだよ」
ふふふって千帆が笑った。
嘘はついてない。桜とは偶然出会っただけだし。
完璧なデートコースなんつってあの時はディナーと夜景だったけど、千帆は夜は疲れてしまうから、千帆とならランチの方がいい。
それに…夜だと桜を思い出す。
偶然出会った瞬間の桜の眼差し。
後部座席で手を繋いで見た夜景。
キラキラした光の粒と、握り返してくれた桜の手の温もり…。
無意識のうちにテーブルの下で右手を握りしめていた。
「条くん?」
「…ん?」
千帆が俺を見ていた。
寂しげな黒い瞳に揺らめく一点の星。小さな光の粒。
俺はじっと千帆を見つめ返す。
子供の頃から俺を揺さぶってきた千帆の瞳。死んだらもうこの瞳には出会えない。二度と、この瞳がこんなふうに俺を映すことはない。
どんなにたくさんの光を失ったっていい。
この光だけは、失いたくない。まだ。
少しでも長く…一日でも長く…。
「桃の合格決まったらさぁ…」
俺はパスタをクルクルとフォークに巻きつけ、
「どっか旅行でも行くか」
パクっと一口で食べた。
「どっかって?」
「どこでも。千帆の行きたいとこ。どっかないの?」
水を飲みながら、千帆を見る。
千帆が頬杖をついて考える。
「条くんとなら…どこでもいいなぁ…。あ!…あった。行きたいとこ」
「どこ?」
「中学校。私と条くんの」
千帆の瞳が輝いた。