がらんと広く、照明の落とした食堂で、スタンドの灯りの下に宝先生とふたりきり。
窓の向こうの中庭にはハロウィンのイルミネーション。
ホテルの館内に流れる静かな音楽。聞こえてくるのはそれだけ…。
汗の滲んだTシャツを通して先生の体から放たれる熱がすぐ隣にいる私に迫ってくるような気がして、勝手に先生の体温を感じてドキドキしてしまう。
「先生、汗…」
こめかみに汗が浮いていた。
「ああ。すみません」
先生がTシャツの肩口で汗を拭って、椅子をずらして私から少し離れた。
いや、そうじゃなくて…。
「私は全然…あの…先生、そんなに汗かいて…冷えませんか?大丈夫ですか?」
「大丈夫です。すみません。こんなかっこで」
着替えてくりゃよかったですねってボソッと呟く。
「いえいえ!全然!」
汗臭くないかと気にして、着替えてくるべきだったとか反省してる少し気まずそうな様子が可愛い。
ペンをくるくる回すきれいな指先。さっきまでボールを掴んでいたんだな、と思うと、その延長で様々なものに触れる先生の指先を想像して…
汗ばんだ体とそれを気にする先生が変に生々しくって…
仕事中だというのに…
宝先生って、女性にどんなふうに触れるんだろうか、なんて考えてしまった。
同時に、別れた彼を思い出した。手の綺麗な人が好きなんだな。私。
「東さんは、明日のラフティング、できますかね?」
「ああ…。どうかな。後で聞いてみます。キャンセルするなら今日中の方がいいですよね?」
「明日の朝8時までなら大丈夫です」
「それより、東って名前よく覚えてましたね?」
「そうですか?」
「さすがプロだな」
「何言ってるんですか!」
宝先生の肩を叩くと、先生はハハハッて笑った。
モテるだろうに、惚れられないようにって壁を作ることもなければ、もちろん、かといって色目を使うこともなくて、適度な距離感で、自然と人間としての自分を表に出して来る先生を素敵だなと思う。
修学旅行という期間限定の仕事上の付き合いだけど、修学旅行をいいものにするために、添乗員との関係を大切にしているのがわかる。
その人との関係を大事にするってことは、その人を大事にするってことだ。
一緒に仕事をしてるだけで大事に扱われていると感じるのなら…
先生の彼女なら、一体どれだけ満たされるのだろうかと思う。
先生、彼女、いるんですか?
「…ん?」
「え?」
「どうしたの?」
「え?な、何も。…あ!」
ふと見ると、食堂を覗いている生徒たちと目が合った。クラスレクが終わって部屋に戻るところらしい。
「先生、デート?」
先生はフッと笑って私と目を合わせると、腕組みをして、
「明日の打ち合わせ。早く部屋戻れよ。点呼始まるぞ」
と素っ気なく言って、書類に視線を戻した。