月の光が、王子さまの青白くやつれた顔に濃い影を落としていた。
「べつに…」
「…そう。…じゃ、まだなのかな」
「まだって何が?」
「まだ大丈夫だよ。飛行機取りに行けよ」
「いやだ。そばにいるよ。俺が飛行機取りに行ってる間に、あの蛇んとこ行くつもりだろ?」
「だとしても、ついて来んなよ」
「ついて行くよ」
「ダメだって。君も噛みつかれちゃうかもしれないからさ」
「平気だよ。ピストル持ってる」
「あ、そうだ。でも、蛇のやつ、二度目に噛みつくときにはもう毒はないんだっけ…」
そう言ったきり、王子さまは目を閉じた。
「おい…嘘だろ…?しっかりしろよ!」
揺さぶっても、王子さまは目を覚まさなかった。けれども、まだ息はあった。眠ってしまっただけだ。
俺はホッとして、王子さまを抱いたまま一緒に砂の上に寝転がった。
どれぐらい眠っていたのだろう。ハッと目を覚ますと、傍に王子さまはいなかった。
俺は慌てて起きだして、砂漠の中を駆け出した。
すると、砂山の谷間に月明かりに照らされた王子さまの姿がポツンと見えた。白い服に金の刺繍が光っていた。
「おいっ!…待てよ…っ!」
砂に足を取られながら、やっと王子さまに追いついた。
王子さまは悲しそうに笑って、
「来ない方がよかったのに」
って憐れむように俺を見た。
「は?ふざけんなよ。歩けんなら飛行機んとこまで戻ろうぜ」
俺は呼吸を整えながら両膝に手をついて、王子さまを上目遣いで見た。
「遠すぎるんだよ…体が重くて…」
「…担いでやる。ほらっ」
俺は王子さまに背を向けて、身を屈めた。大の男を負ぶって飛行機の所まで戻る自信はなかったけど、そうせずにはいられなかった。
「違うんだ。飛行機じゃなくて、僕の星…遠すぎるから…この体持ってけないんだって…」
俺はまた王子さまに向き直った。王子さまは泣きそうな顔をしていた。
「僕…死んだみたいになるかもしれないけど…そうじゃないから。…だから…」
「なに…言ってんだよ…」
「この体はさ…外側だから…。抜け殻みたいになるだけだから…」
だから、と言って王子さまは俺を見つめた。
「悲しいことなんか、ないよ」
と、とっても悲しそうな顔で言った。
俺は何と言えばいいかわからなかった。
王子さまは、やがて俺に背を向けて、数歩歩き出した。
俺はなぜか一歩も動けなかった。
王子さまが立ち止まって、星を見上げた。
王子さまの真上に星が輝いていた。
王子さまの足元の砂がキラッと光った。
俺はピストルの入ったポケットに手を突っ込んだ。
が、王子さまは一瞬体をビクッとさせたかと思うと、一本の木が倒れるように静かに砂の上に倒れた。
王子さまは一言も発しなかった。
倒れ込んだ音も砂がみんな吸ってしまった。
駆け出したくても、足が言うことを聞かなかった。王子さまを呼ぶ声も出なかった。
俺はその場にへたり込んだ。
王子さまの白い服の上で何かが光った。それは金の刺繍だったか、それともあの黄色い蛇だったか…。