剛健版 星の王子さま 14 蛇 | 上目遣いのけんちゃん先生 V6カミセン 小説

上目遣いのけんちゃん先生 V6カミセン 小説

V6の三宅健と森田剛と岡田准一をイメージしたイケメン教師が、今どきの女子高校生たちと繰り広げる学園ドラマ。ドラマの進行の合間に出てくるけんちゃん先生の古典講義は勉強にもなる?

あくる日の夕方、俺は仕事を終えて王子さまの待つ井戸のところへ戻った。

井戸のそばには壊れた石垣があった。

王子さまはその石垣の上にちょこんと座って足をブラブラさせていた。

俺は突然現れて驚かせてやろうと、忍び足で石垣に近づいた。


すると、王子さまが誰かと話してる声が聞こえた。


「君、覚えてないの?僕が降り立った場所。…どこで会ったかな。君に。…でも、ここじゃない。…もっと向こうだよね?…さぁ、もっと向こうへ行って。そこで待ってて。今夜…きっとだよ」


不思議に思って見ると、王子さまがブラブラさせてる足の下で、黄色い蛇が鎌首をもたげていた。


俺はハッと息を呑んだ。


それは、ものの30秒で人を殺してしまう、砂漠の毒蛇だった。


俺はとっさにピストルを取り出した。が、それを構えるより早く、蛇は砂地に吸い込まれるように姿を消した。



「何やってんだ!」


俺はすぐに駆け寄って、石垣の下から王子さまに両手を差し出した。


「あ…お帰り」



王子さまは俺の首に両腕をからませ、俺に体を預けてきた。


王子さまの体は熱かった。きっと熱があるんだ。


王子さまの心臓は、まるで鉄砲で撃たれて今にも息が絶えそうな鳥の鼓動のようだった。

そのまま王子さまを抱いて砂地に下ろした。


「飛行機、直った?」


「ああ。やっと直った」


「よかった。じゃ、君もうちに帰れるね」


「…ああ」


「僕も…帰るよ。だけど、めちゃくちゃ遠いんだよな…」


俺はしっかりと王子さまを抱きしめていた。熱のせいで王子さまの体がふらふらと頼りなかったせいだけじゃない。

抱き締めていないと、王子さまの体はどこか暗くて深い淵に落っこちてしまいそうだったから。


「あんた…熱がある。…どうやって帰るの?」



俺の鼓動が早鐘を打つ。大丈夫だろうか?



「黄色い蛇がね、連れてってくれるって」



「え?」



「僕が最初に地球に降り立ったとき、黄色い蛇に会ったんだ。すげーんだよ。船より遠くへ人を運ぶことができるんだって」



「ちょっと待て。それって」


「だから約束したんだ。今夜、僕の星の下で会おうって」


「ばかやろう!あの蛇は毒蛇だ!しかも」


「知ってるよ」


王子さまは大人しく俺に抱きしめられたままそう言った。


「僕…君に描いてもらった羊も…持ってる。箱もあるし…口輪だって…」



王子さまの声はいつもより小さく途切れ途切れで、少し辛そうだった。



「ちょっとだけ、待てる?俺、飛行機を回してくるよ。ここまで」


飛行機に乗せて病院に運ぼう。

だけど、王子さまはぐったりと俺に体を預けたまま、首を横に振った。


俺は涙が出そうになった。



「…なあ?嘘だろ?蛇とか待ち合わせとか…そんな話、全部嘘だよな?」



「君が汲んでくれた水…おいしかったなぁ」


「水、飲む?汲んでくるよ」


「…うん」


俺は井戸のそばまで王子さまを抱いて行って、砂の上に横たえると、全力で綱を引っ張って水をくみ上げた。


王子さまを抱き起こして、釣瓶をその唇にあてがうと、微かに口を開いた。


王子さまの乾いた唇が濡れて輝いた。




唇の端から溢れた滴が、王子さまの喉を濡らした。尖った喉仏が上下して、王子さまはゴクゴクと美味そうに俺が汲んだ水を飲んだ。


「…ああ…うめぇ…」


「なあ、ほんとに、ちょっとだけ待ってて。すぐ戻って来るから」


「ダメだって」


「ダメじゃねーよ」


「…なんか…やっぱ…ちょっと…怖い…から…」


ドキッとして、サッと胸が冷たくなった。


「怖い…って?」


何が怖いのか、聞くのが怖い。


まさか、もう二度と王子さまのおしゃべりを聞くことはないとか…。笑い声も。その笑顔を見ることもない、とか…。


そんなことは、とても耐えられそうになかった。


すると、俺の胸のうちを見透かしたかのように、王子さまが、こう言った。


「僕は、あの星の中の一つに住むんだ。その一つの星の中で笑ってんだ。君が夜、星を見上げたら、星がみんな笑ってるように見えるだろね」


「……」


「おもしろいよね。したらさー、君だって星を見ると笑いたくなるよ。だって僕が笑ってんだもん。でさ、君の友達がそれ見たらさ、『何こいつ星見て笑ってんの?怪しい奴』って思うよね。ハハ…」


「ちっとも面白くねーよ」


「面白いじゃん。だったら僕は星の代わりに笑い上戸のちっちゃい鈴をたくさん君にあげたみたいなもんじゃない?」


「いらねーよ」




しばらくふふふって笑っていた王子さまは、



やがて真面目な顔になって、


「いいよ。行って」




と言った。





そう言われると、とたんに王子さまのそばを離れたくなくなった。


だって…もし、飛行機を取りに戻ってるあいだに、王子さまが…。


怖いと言う王子さまをひとりぼっちにできるわけがなかった。


「やっぱ、行かない。そばにいるよ」


王子さまは、今にも消えてしまいそうな青白い顔をして、


「天邪鬼だなぁ…」


と眉尻を下げて笑った。