「やった!」
俺は駆け寄って井戸の中を覗いた。
「あるよ!ある!水だ!ようっし…」
俺は綱に手をかけて、井戸の車を動かした。
ギィ…ギィ…。
俺はゆっくりと釣瓶を引き上げて、井戸の縁に置いた。車のカラカラ言う音が聞こえ、井戸の水面は揺れて日の光をキラキラと映していた。
「はい」
俺はひどく疲れた様子の王子さまの口元に釣瓶をあてがった。王子さまは、目を閉じて、ゴクゴクと美味そうに喉を鳴らして水を飲んだ。
ふたりして喉を潤した後、少し元気を取り戻した王子さまは、
「あ!そうだ!口輪!」
と叫びました。
「あ!」
思い出した。
「ねぇ、口輪描いてくれるって約束したよね?」
王子さまはポケットから俺が描いた絵を取り出した。
「描いて描いて。花が食べられないように」
俺は鉛筆で箱の横に口輪の絵を描いた。
「ありがとう」
王子さまは嬉しそうに笑ってそれをまたポケットにしまった。
少しやつれた王子さまの顔に夜明けの光があたり、砂漠が蜂蜜色に輝き出した。
そのまま、光に溶けてしまいそうな王子さまの横顔を見つめていると、俺は急に胸が苦しくなった。
王子さまは、俺が描いた羊を連れて、星に帰るんだ。大好きな花の世話をするために。
だって、王子さまじゃなきゃ、誰が花に水をやるんだ?
さっき、俺がくんだ水をゴクゴクとおいしそうに飲んだ王子さま。
花は他の誰でもない王子さまがくれる水を待っている。
「帰るんだろ?星に」
「うん。僕には…責任があるんだ。あの花に対して。途中で投げ出したりしちゃいけないんだ。そのことにやっと気がついたから」
それから、王子さまは空を見上げた。
「地球に来てから、明日で、ちょうど一年になる。僕が降り立った場所はこの近くなんだ。僕の星がさ、明日の夜はこのあたりの真上に来るよ」
王子さまと別れるのは寂しかった。
もう王子さまに会えなくなるのなら、それまで一緒にいようと思ったのに、王子さまは、
「さあ、飛行機んとこ戻りなよ。君は仕事しなきゃね。僕はここにいるよ。明日の夕方、また来てよ。待ってるから」
と言って微笑んだ。
俺には、王子さまが急に大人になったみたいに思えた。(いや、もともと大人ではあるんだけど。)
「ほんとに…待ってる?」
「え?」
「待ってろよ、ぜっったい」
勝手にいなくなったりすんなよ。
王子さまは、少し驚いた顔をして、それから照れたように笑って頷いた。
「うん…待ってるよ」