セクシーな唇。
気のせいかしら。目の前の条先生から甘い香りが…。
違う。
条件部屋が、チョコの甘い香りに包まれてるんだ。
「なに?休みの日に。自習室に勉強しに来たの?」
「あ。はい」
条先生には一年生のときに数Ⅰを習っただけだった。先生は、翌年にはひとつ下の学年主任になっちゃったから、私たちの学年を担当することはなくて…。
だけど、先生会いたさに3年になっても、私はよく条先生に質問に来ていた。
条先生が、ドアを開けたまま、背中を向けて部屋の中に戻っていく。
私が立ち尽くしていると、振り向いて、
「入っていいよ。質問だろ?」
「え?いいんですか?」
条件部屋は生徒立ち入り禁止だから、これまでは、いつも空き教室で教えてもらっていたのに…いいのかな?
「いいよ」
って言って、ガスコンロに向かう。
「失礼しまぁ…す」
けんちゃん先生や宝先生は、いなかった。
白い琺瑯のミルクパンを持って、
「ちょうどココア飲もうとしてたんだよ」
ってスプーンでミルクパンの中を混ぜる。甘いチョコの香りのもとは、これだったんだ。
自分がここでココアを飲みたいから、私を部屋に入れてくれたのかしら。
曇った窓ガラスには、銀色に光る雨粒がたくさんついてる。
窓の手前には、けんちゃん先生の盆栽と、多肉植物(こっちは条先生のかな?)が並べられていた。
濃い緑やシルバーグリーンの植物の隣で、紺のセーターを腕まくりしてココアを練る条先生の後ろ姿。
シトシトと降り続く雨。
カシャカシャと、スプーンが鍋に当たる音…。
甘く、ほろ苦いカカオの香り。
ミルクパンを火にかけて、少しずつミルクを注ぎ足しながら、
「あ。ドア開けといて」
って背中を向けたまま言う。
まさに今、ドアを閉めようとしていたところだった。
背中にも目がついてるのかな。
「あ、はい」
そっか。…二人きりになっちゃうから?
「座れよ」
「は、はい」
なんか休日に先生の部屋に遊びに来たみたい…///