それから一年が経ち、新王は妃を迎えることになりました。
兄弟たちは、独身最後の夜を共に過ごそうと、婚儀を明日に控えた新王のもとに集まりました。
美しい天女たちが歌や舞を披露し、それはそれは、賑やかな宴が始まりました。
しかし、新王の心は沈んでいました。
2番目の兄が穏やかな笑みを浮かべて、玉座に座る弟のもとへやって来ました。
「おめでとう」
「ありがとう」
盃を交わして、微笑み合いました。
しかし、その微笑みに偽りがあることを兄はよく知っていました。
「まだ…辛いのか?あの娘のこと思い出すと」
優しい兄の問いかけに、弟は辛そうに顔を歪めました。
「俺はあの娘に子どもを残してやることができなかったのに…」
あのとき、冷たい川の中から救い出した娘の手にしっかりと握られていた天の羽衣。
羽衣と引き換えに失われた小さな命…。
それを思うと、胸が締め付けられるように苦しいのです。
「なのに…俺は結婚して天女と子を為そうとしてる…。王だから当然のことなのか?」
「世継ぎを残すのは王の務めだ」
「でも、そんなことは、みんなが許しても、たとえあの娘が許しても、俺は…俺自身を許せそうにない…っ」
新王は歯を食いしばり、衣の胸元をギュッと掴みました。
「今まで、自分が天を治めることが、あの娘のいる地上を…ひいてはあの娘を守ることになる…そう言い聞かせてやってきたけど…」
新王は首を横に振りながら、
「…苦しいんだ…。王として天女を妃に迎え、鳥の痣を胸に持つ子を為し…その先もその子の胸の鳥が羽ばたくまで天を治める…。それが…何か…間違ってるような気がしてならないんだ」
「どこが間違ってるんだ?」
「わからない…。
わからないけど…兄さん…
「だが、お前は王だ。選ばれし者だ。間違いなく、その胸から鳥が羽ばたいたんだ。そうだろ?」
「兄さん、情けないと思われるかもしれないけど…でも、俺は…王になった今でも、俺は…時々…あの娘に会いたくてたまらなくなるんだ…っ!」
新王はそう言って両手で頭を抱えました。
「じゃあ、王の務めを投げ出して、地上に降りるか?天界を捨てて…」
「そんなことはできない…っ!だから苦しいって言ってるんだ!」
「そんなに辛いなら…」
と、兄は俯いている弟の頭上に手をかざし、こう言いました。
「俺が…地上の記憶を…あの娘の記憶を、きれいさっぱり消してやろうか?」
というのも、兄弟の中で唯一、2番目の兄だけが、地上での記憶を消す不思議な力を持っていたのです。
両手で顔を覆っていた新王は、ハッと息を呑みました。
そうして、指の間から、まじまじと兄の顔を見つめました。
兄もまた苦しむ弟をなんとかしてやりたくて、仕方がなかったのです。
兄の手から、ぼうっと紫色の光が、弟の頭に向かって発せられました。
※長野くんおめでとうございます❣️