男は呆然と土下座する母を見つめていました。
「帰らないでと言われても…もう…」
フラフラと土間に下りて、母を見下ろし、
「帰れないではないか…」
と言ってフッと冷たく笑いました。
「あなた…」
男は娘を見ようともせず、ふたりの横を通り過ぎ、戸を開けました。
冷たい北風とともに雪が家の中に舞い込みました。
「あなた…どこへ…?」
男には娘の声は耳に入りませんでした。よろよろと雪の中へ足を踏み出し、曇った空を見上げました。
男の髪に、睫毛に、雪が降りかかってきます。
「あなた…」
男はガクリと雪の中に跪きました。そして両手で頭を抱え、「ああっ…‼︎」と悲痛な叫び声を上げました。
身を震わせて泣く男の頭に、肩に、雪が降り積もります。
男は、二度と帰れぬ天を恋しく思って泣くのでしょうか。
それとも、天と地に災いをもたらす恐ろしさを嘆くのでしょうか。
娘は胸をえぐられるような思いでした。
やがて、娘に気づいた男は、真っ白な地面を見つめたまま、
「冷えるから…中へお入り…」
と言いました。
けれど、どうしてこんな男を放っておけましょう。
娘は駆け寄って、男の肩に手を置きました。
男は自分の肩に置かれた娘の手を見ました。それから、娘の顔に目をやりました。
娘は男の顔を見て、ハッと息を呑みました。
涙に濡れた男の目はきらきらと輝いていました。けれども、その瞳はすっかり温かさを失っていました。
「入れ…」
「え?」
「家に入っていろ!」
男は涙をこぼしながらそう叫ぶと、娘の手を振りほどいて、立ち上がりました。
「ああっ!」
娘は雪の中に倒れ込みました。
しかし、男は娘に背を向け、雪の中へ駆け出して行ってしまいました。