その時です。
口づけを交わすふたりの胸の辺りからぼうっと金色の光が生まれ、ふたりを照らしました。
ハッとして、唇を離して見ると、その光は男の着物の合わせから漏れ出ているのです。
男の胸元から、バサッ…と、小さな羽ばたきの音がしました。
「あなた…」
ふたりは顔を見合わせました。
男は慌てて、胸を押さえました。
「ダメだ…っ!…まだだっ!」
男がギュッと掴んだ着物の合わせから金色の羽根が一枚、ひらりと溢れました。
「まだだっ!…今飛び立ってはならぬ!」
けれども、小さな金色の鳥は男の手をすり抜けて、ふたりの頭上に羽ばたきました。
金色の光が、涙に濡れたふたりの顔を照らしました。光の粉がふりかかります。
鳥は黄色い羽衣の上に降り立つと、嘴で羽衣を咥え、男の前に羽衣を差し出しました。
羽衣がふわりと男の頰を撫でました。
それはまさしく、男を天へ、そして天王へと導く、導きの鳥だったのです。
とうとう別れの時が来ました。
娘は羽衣の端を手にとり、
「さあ…」
と、男の肩に羽衣をかけました。
「あなたは、あなたにしかできないお務めをなさいませ」
娘はしっかりと男の目を見て言いました。
「そうして…天から私をお守りください」
鳥が光の粉を振りまきながら男の周りを一周飛ぶと、金色の光に包まれた体から着物が消えました。
男は目を伏せました。睫毛の先が震えています。しかし、グッと歯を食いしばり、次の瞬間、カッと目を見開きました。
そして、羽衣を翻して、すっくと立ち上がりました。
男の美しく逞しい裸体には、既に王の貫禄が備わり、神々しいほどに光り輝いていました。
娘はその足元にひれ伏しました。
男は、片膝をついて、娘の顎に手をやり、上を向かせました。
「俺も…お前を愛した記憶とともに生きよう」
娘は涙を堪えて男を見上げました。
「天から降る雨を俺だと思え。お前を思って泣く俺の涙だと。…そして、天から射す光を俺だと思え。お前を抱きしめる俺の腕だと…」
そう言うと、男はギュッと娘を抱き締めました。
「…きっとお前を…温めてやろう」
娘は、男の肩に顎を乗せ、目を閉じました。
「はい…」
娘の目尻から一筋の涙が頰を伝いました。
「愛している」
「はい…私も…」
それから、男はクッと眉間に皺を寄せ、万感の思いを込めて、言いました。
「世話になった」
その瞬間、娘の目から涙がとめどなく溢れました。
口を開くと、きっと嗚咽になり、男の決意を鈍らせてしまう。
ですから、娘は唇を噛んで耐えました。
やがて、ふたりは体を離しました。
これで見納めだというのに、娘は男をまともに見ることができません。
「どうぞ…お元気で…」
娘は額を床につけて、深々とお辞儀をしました。
やがて、鳥の羽ばたく音が聞こえ、娘のそばに風が起こりました。
俯いた娘のほつれ髪が、その風に揺れました。
ああ…とうとう本当に行ってしまう…!
とたんに、行かないで!と言ってすがりつきたい衝動が、娘を突き動かしました。
「あなた…っ‼︎」
と叫んで、娘は顔を上げました。
しかし
その時にはもう
黄色い羽衣をまとった男は
開け放たれた戸から
冬の夜空に向かって
天高く、舞い上がっていました。