天の羽衣 17帰れない | 上目遣いのけんちゃん先生 V6カミセン 小説

上目遣いのけんちゃん先生 V6カミセン 小説

V6の三宅健と森田剛と岡田准一をイメージしたイケメン教師が、今どきの女子高校生たちと繰り広げる学園ドラマ。ドラマの進行の合間に出てくるけんちゃん先生の古典講義は勉強にもなる?

男は、深々とお辞儀をする娘の白いうなじをじっと見つめて黙っていました。


しばらくして、やっとポツリと呟きました。


「…帰れぬ…」



「え?」


娘は驚いて顔を上げました。


男は目を真っ赤にして、


「お前を置いては…帰れぬっ…‼︎」


と、俯いて歯を食いしばりました。膝の上で握り締めた拳がプルプルと震えています。


「俺は…っ!」


と言って顔を上げた男の目から涙が零れ落ちました。


「お前が俺の羽衣を守ってくれたというのに…っ…俺は…お腹の子を守ってやることができなかった!」



男は辛そうに顔を歪め、両手で頭を抱えました。首を横に振りながら、


「…まだ…お前に何もしてやれていない…」


と涙声で呟きました。


「お前に…何も残してやれていないではないか…っ‼︎」


男は腹立たしげに、拳で床を叩きました。涙がパタパタと床に落ち、沁みを作りました。



男は、顔を上げて、


「何も…残してやれぬのに…」


と、娘を見つめ、優しく呟きました。



「帰れるわけがないだろう…?子どもができたら、という約束だ…また…子どもができるまで…」


けれども娘は、


「いいえ…」


と寂しく笑って首を横に振りました。


「私、さっき寝ながら、聞こえていましたの。もう私は子どもが産めない体になってしまったと…。あなたもご存知なんでしょう?」



「まだわからぬではないか!ひょっとしたら…っ」



「そうしていつまでここに留まるおつもりですか。ゆくゆく天をお治めになるお方。こんなところに長居していてはいけません。どうぞ、お帰りください」


そう言って、娘は羽衣を男の方に押しやりました。


「だめだ…。お前を置いてはいけぬ!せめて、お前に何かを残してからでないと…。お前の生きるよすがとなるものを…」


「心配には及びません。もう頂いております」


娘は自分の胸に手を当てて、目を閉じました。


「あなたが天に帰られても、あなたを愛する気持ちは残ります。その想いで、私は生きていけます」


「俺がいなくなっても、俺を愛すると…?」


「ええ。もちろん。どんなに遠く離れても、二度とお会いできなくても、ずっと…あなたのことが好きです」


「その想いだけで…生きていけると?」


「はい。それに、たくさんの思い出がありますもの。あなたと私の。あなたはそれも残してくださいました。あなたが私に笑いかけてくださったこと、私にしてくれた天のお話。『愛してる』と言ってくださったこと…。ほら、こんなにたくさん!」


と言って娘は泣きながら笑って両手を広げました。


男は、首を横に振り、娘の頬を撫でると、


「それでも…お前を置いては…帰れぬ…」


と言って娘の唇を見つめました。


「今は…まだ…」



男の甘く優しい声。

涙に濡れた睫毛。

愛しさに溢れた眼差し。


ふたりは、互いに吸い寄せられるようにして、唇を重ねました。