Letter from KEMSON -2ページ目

愛とは

世の中には、曖昧なものなのに頻繁に使われている言葉がある。
「愛」は、その代表格だと思うんだ。

愛ってなんだ?
とても好きなこと?相手のためなら死んでも良いくらいの気持ち?

国語辞典を見たら、いろいろな定義が載ってたけど、
ボクは、愛には、「本質的にまったく異なる3つの内容」が存在していると思ってる。
そして、それらは、「愛」というたったひとつの言葉の元、混同されて使われてるんだ。

本質的に異なる3つの内容とは・・・
(1)自分の「種の生存」のために生まれる気持ちと行動
(2)異なる資質や技能を持った二人の者が交わることによって、まったく新しいものを「創造」しようとする気持ちや行動
(3)「周りがいるから自分がいる」という崇高な世界観・人生観から生まれる「無私」の気持ちと行動

ねえ、まったく違うでしょ。「種の保存」、「創造」、「無私」。

(1)はつまり、親の子供への愛とか、夫婦間の愛とか。さらに言えば、見知らぬ男と女の一目惚れも、そうだ。実は、これって、結構打算的なものじゃないかと思う。いやいや生物的には最も大事な事だから、打算といっちゃダメ。子供を作り、それがまた、子供を作る・・・ためのメカニズムなんだ。種の保存のためには自分も守るっていうのも含まれる。

(2)は、ユニークな着眼点でしょ。この人と一緒になれば、新しいものが生まれる。新しい世界がひらける。自分にとっても相手にとってもプラスになるし、周りにとっても、更に言えば、世界のためにもなる。これこそ、「運命的な出会い」だ。化学で言えば、水素と酸素が交わって水ができるようなもの。そう、これって同性同士でも生まれるものだ。SONYを生んだ盛田昭夫と井深大もそうかもね。無くてはならない存在。だけど、同性同士だとシンプルで面白みがないね。無機的っていうかな。これが、異性同士だと、有機的でもっと奥が深い関係になる。SEXを通じて、生物として非常に深いところでつながるからね。これは、自分がサポートすることで相手が創造的な事を成し遂げるというのも含まれる。

(3)は、わかるでしょ。マザーテレサがそのわかりやすい例じゃないかな。神様に近いね。

名前をつけるならば、(1)は生物的愛情、(2)創造的愛情、(3)社会的愛情
と言えるかな。

さて、君があなたが感じている「愛」は、どれになるかな?

まあ、どれも尊いものだから、どの愛でもいいんだ。愛を感じる相手がいるっていうことが大事だからね。でも、ボクは(1)だけだと物足りないと思ってる。

逆に言えば、結婚して子孫を残さなくても、いいじゃないかと思うんだ。
素晴らしい愛につつまれた人生を送れれば、いいんだよ。

だから、結婚しなくても、幸せな人生はいくらでもある・・・とボクは信じる。
子供の代わりにもっと素晴らしいものを残すことがある。マザーテレサは生涯独身だったからね。
アーティストも子供がいない人が多い。

そう、結婚して子供を作った人が、そうでない人をバカにしちゃいけないよ。



Letter from KEMSON

昔のボクと今のボク

昔からの友達から見たら、ボクは、
「頭が良くて裕福でエリートコースを歩んで来た」
というように見えていると思うんだ。

でも、そういう集団の中では、ボクは浮いてしまった存在だったんだよ。

「頭が良くて裕福でエリートコース」は、ずっと違和感があった。
というか、そういう連中はちっともかっこいいとは思えなかったんだ。
「かっこいい」が物事の判断基準で良いかという問題はあるけどね。
でも、好きになれないものは好きになれないから。

それでも、その中でベストは尽くしてきたつもり。
でも、一生やる気にはなれなかった。

その点、サーファーやオーガニックな音楽をやってる連中は、
ステキな価値観をしてるし、かっこいい生き方をしているんだ。
憧れるし、自分もそれと同じものを持っているのを実感するから、
とても居心地が良い。

今の自分は、
「今まで自分が積み上げてきたもの・・・経験とか能力とか」と、
ようやくはっきりわかった「自分にとって本当に大事と思えるもの
」の両方の交わるところというか、
融合するものかな、それに向かって進んでいきたいと思ってるんだ。

それが何かは、まだはっきりしてない。
その道が見えて、自然に進んでいくようになったらいいなと思うんだ。

今日思ったこと

今日は、週末の波乗りでカラダがボロボロになったので、
(金曜日、土曜日あわせて、6時間海に入った)
いつもお願いしているスポーツマッサージを渋谷でうけてきた。
特に足がパンパンになってたので。

その後は、宇田川町にあるBar Bossaっていう店で、
ボサノバを聴きながら、ちょっとワインを飲んで、さっき帰ったところ。

そろそろ日本はGWだよ。
来週は、月、木、金が休み。
前半の三連休は湘南で過ごし、後半は二泊三日で伊豆の下田に行く予定。
下田には、白浜っていうとてもキレイなビーチがあるので、
そこで波乗りできるのが楽しみなんだ。

ところで、池澤夏樹っていう作家知ってる?
彼の作品で、「カイナマヒラの家」っていう小説があって、
ハワイの大きな一軒家を、管理人という名目で借りて過ごす数人の自由な人たちを
描いた話なんだけど、その中で、
「サーフィンに出会えたら、人生の幸福の半分は得られたことになる」
っていうメッセージがある。
その通りなんだ。

もちろん、波に乗って上に下に、右に左にって、スピード感を楽しむという醍醐味がサーフィンにはある。
それだけれど、なにが本当に良いって、「海の遠い向こうから届くうねりに乗る」ことで、
自然と一体になれるのが良いのかな。

これは説明しきれないなあ。
とても美しいな夕焼けを見て感動するのと同じ感じ。
以前にも書いたかもしれないけど、
サーフィンは海とのセックスだって思うよ。
これ以上の快感は無いぜ。

ああ、これは多くの人に体験してもらいたいと思う。
海が混雑するのは困るけどね。

サーフィンをやったおかげで、
今までの人生では知り合わなかったような人たちと友達になれたしね。
アーティスト(主に音楽)とか、自分の世界の店をやってる連中とか。
この前にも、逗子で知り合いと飲んでて、その後、海辺にあるシネマアミーゴっていう店に、
夜の10時過ぎに連れて行ってもらったんだけど、
あそこも濃い店だった。
海のすぐそばの古民家で、なんと、映画館やってるんだ。
それも夜遅くまで。誰が来るのかと思うんだけど、それなりに人が入ってる。
ポツポツだけどね。
この店やってるゲンっていう人もかなり濃い。そしてゆるい。
古民家の一階が映画館、二階がラウンジバーになってる。
いろいろな人が来て、飲みながらいつしか知り合いになっていく。

サーフィンの世界の周りの、こんな価値観を知っちゃうと、
僕の周りの起業家さえも、普通の平凡な人に見えてくる。
なんかみんな一緒だなって・・・。

本当の幸せは、自分の価値観に純粋に生きることだと思うんだけどね。
つまり、他人の目を気にしないっていう事。自分がやってやりがいのあるものをやることだよね。
起業家たちも、結局、他人の目を気にして生きてる人がほとんど。
そうで無い人も、レガシーの価値観から抜け出してない感じ。

でも、 自分の価値観に純粋に生きる って、
プータローぎりぎりの崖の縁を歩くことになる。
社会的には、落伍者?ともとられかねない。

ボクの夢はね。自分の価値観に純粋に生き、かつ、
社会の進化に貢献できること。
それができればなあ。

簡単じゃないかもしれない。でも、最近、それがわかっただけでも進歩だと思ってる。

じゃ、またね。