当教会で有益な講演会が持たれた。論者はH氏で元空将補、現在は「国際地政学研究所」の理事(1)。テーマは「白村江の戦いに見る日本人の防衛思想」というものだった。テーマのタイトルだけ見るとなにか歴史の話かと見間違えるが、中身は現代日本の防衛論だ。日本は米中ソなどに対してどのように自分の「国のかたち」を作ったら良いのかという話だった。5月に行われた講演会(2)に続く話題だった。

 H氏は講演や講義は慣れておられるようで、説明は流ちょうで、時々冗談を入れたり、脱線したふりをして本音を語ったりで、2時間余の講演は見事だった。パワーポイントを使ったスライドの説明が中心だった。スライドの絵や文字は私にはほとんど読み取れなかったが、語り口がなめらかでスライドはなくとも良かったくらいわかりやすい説明だった。わかりやすい口調だったが、内容は専門的だ。初めて聞く話が多く、氏の研究の成果の一端を垣間見る思いだった。

 配付された資料はなんと20頁にわたる詳細なもので、カラー印刷をとりいれた立派なものだった。内容は多岐にわたるのでとても要約できるものではないが、氏の主張は明快だった。日本の防衛思想は古代からずっと「専守防衛」論だったし、「日本の国のかたち」は「専守防衛」以外にない、というものだ(3)。

 講義の内容を要約する力は私にはないので、配付された資料の主な目次を少し紹介しておきたい。どういう話だったかが推測できると思う。

1 白村江の戦後のジオポリティークは専守防衛
    ①日本列島の位置づけ ー 対馬海峡とドーバー海峡
    ②戦争する相手との国力対比
    ③戦場に関わる地理学的情報 ー 大陸国家の戦争と島嶼国家の戦争
2 日本は白村江の戦いになぜ「参戦」したか ー 日本と百済との関係
    ①百済語を通して「日本・百済」の「血縁」を言う諸氏
    ②朝鮮王朝・日本王族との姻戚関係 ー 桓武天皇の生母が百済の武寧王の子孫
    ③政治に百済人が関与
    ④文化交流
3 白村江の戦の年譜
4 国のかたち⇒「古代国民国家」⇒国家体制の構築と維持
    ①全般⇒敗戦に学び構築する「国のかたち」
    ②内政の障害排除 - 地方部族を吸収
    ③律令(近江令668⇒飛鳥浄御原令689⇒大宝律令701)
    ④遷都 難波⇒近江京667
5 防衛・安全保障・外交
    ①大国のパワーポリテイックス(日本・新羅・唐・渤海)
    ②新羅のと交流
    ③白村江敗戦後の防衛体制構築
    ④百済遺民の四散 ー 難民対処
    ⑤捕虜の帰還
    ⑥『万葉集』防人の歌
        *防人の歌の評価=乏しい軍事的知見に反比例する(命がけの重さ)
        *大友家持の期待
        *防人=コサック
6 示唆⇒国のかたち
    *古代国民国家で「日本の国のかたち」が誕生した
    *人が持つ感(受)性に回帰する
    *先の戦争から80年、いま「国のかたち」が見えるか

 以上が大まかな目次だ。目次だけでは内容は伝わりにくいが、氏はレジュメの冒頭で次のように述べている。これが全体の要約とも言えそうだ。

「日本の歴史に国家的「ジオポリティーク」の感性が窺えるのは「白村江敗戦後」の防衛体制構築 ー 戸籍(徴兵の指定)・北九州司令部(太宰府)設置・戦略的防衛戦の構築(離島警備・防人の配置・水城・狼煙台・城砦)・都府の移転(大津遷都)ー ですが、それは、「白村江の戦い」において新羅と連合した唐軍が戦後も朝鮮半島に駐留して「日本に対する脅威」となっていたからです。それらは『日本書紀』・『𦾔唐書』・『三国史記』に記されており、そこに大国の脅威に対する古代大和朝廷の専守防衛体制を学ぶことができます」(4)

 講義の後に質疑応答には長い時間がさかれた。H氏が多くの質問に熱心に答えておられたのが印象的だった(5)。今回の報告をベースに著書が近々刊行されるというので、改めてお話を聞きたいものだ(6)。

【日本列島】








1 空将補とは航空自衛隊の将官で、昔風に言えば少将の階級らしい。英語圏ではGeneralと呼ばれるようだ。トップから2番目か。「国際地政学研究所」は「日本における地政学研究再興を志す」(ホームページ)研究所だという(https://www.igij.org/)。研究機関だが防衛思想に関しては防衛庁の主流派や防衛研究所(https://www.nids.mod.go.jp/)などとは考えが相容れないところがあるようだ。どちらかと言えばリベラルに近い主張を展開しているようだ(この文脈でのリベラルの定義次第だが)。
2 これは「はてなブログ」に投稿したことがある(2025-05-27 「非戦は安全保障たりうるか ー 非戦論とカトリック」)。Y氏とH氏は同じ研究所に所属しており、思想的基盤や政治的立場は類似しているようだ。
3 専守防衛とは敵から攻撃を受けたときのみ防衛力を行使するというもの。「積極防衛」ではない。いわば受動的な防衛戦略で、「避戦」という言葉も使うらしい。氏の専守防衛論はどうも吉田茂がモデルらしく、吉田茂路線への言及が多かった。吉田茂が言う「国のかたち」とは「非戦の平和国家」であり、「専守防衛を貫く、戦争と無縁で繫栄する日本」なのだと言っておられた。他方、「国」を守るのではなく、「国民の生命・財産」を守ると言い続けた安倍晋三路線への批判的トーンが講義の所々に感じられた。「国なくして国民はない」と言っておられたが、難しい論点だ。畏友三石善吉氏の良書『非暴力による防衛戦略』(明石書房2023)を思い起こした。
4 「ジオポリティーク」は通常「地政学」と訳されるようだが、H氏は「政治地理学」と訳しておられた。
5 テーマがテーマだけにきわどい質問もいくつかあった。あまり踏み込むとイデオロギー論争になったり、党派論争になりかねない質問もあったが、H氏は人柄だろうか物腰柔らかく丁寧に答えておられた。H氏も信者さんということで、気を許した回答をされていたようだ。
6 私が一番印象に残ったのは、「戦争には必ず政治的目的がある」という説明のあと、現在のウクライナ・ロシア「戦争」、ガザ・イスラエル「紛争」、中台「問題」で、氏がロシア・イスラエル・中国の「政治的目的」をはっきりと指摘したことだった。「戦争は政治の継続である」というクラウゼビッツの言葉は人口に膾炙しているが、紛争や戦争の「戦略」ばかりに目を奪われているとその「政治的目的」を見失いがちですという指摘は元軍人ならではの言葉で重く響いた。