私の所属教会の高齢者信徒の親睦団体であるアカシアの会のクリスマスパーティがクリスマスより一足早く開かれた。15年近く続いたこの会に一応ピリオドを打つということでお別れ会でもあった。いつも通り雑談を楽しみ、「唱歌」を歌い(1)、クリスマスソングを歌い(2)、楽しいひとときを過ごした。興味深い話題提供が二つあったので、記録のために少し書き残しておきたい。
話題の一つは、五島列島の福江島出身のN氏による、福江島での幼児期の待降節の過ごし方の話だった。二つ目はIさんによる福音川柳とシニア川柳の比較の話だった。参加者は多くはなかったが、みなさん興味深く聞いておられた。
N氏は子供時代を福江島の某地区で過ごされたようだ。昭和10年前後のお生まれらしく、戦前戦後のカトリック信者の生活を事細かにお話しされた。私が特に興味を持ったのは、朝4時頃起きて、まず教会に行ってミサに預かり、帰宅して朝ご飯を食べ、それから学校に通った、という話だった。ミサの前には食べないという習慣(規則)は私も知らなくはないが(3)大変だったことだろう。ミサでも難しい信仰の話は聞いたことはなく、キリスト教については親から教えてもらうのがすべてだったという(4)。
ご聖堂ではもちろん男女別に左右に分かれて座っていたし(5)、未信者との交際・結婚は「法度」でだめだったという(6)。
待降節だから特になにか変わったことはなかったという。ただ告解だけはせかされて子供心に大変だったという。そのほか興味深い話を次々とされた。機会があればまた続きをお聞きしたいものだ。
Iさんの話題は「シルバー川柳にみる光輝高齢者の今」というもので、2025年度の「第25回シルバー川柳」の入選作が紹介された(7)。鈴木勁介師の「福音せんりゅう」も10本紹介された。福音川柳とは、キリスト教の福音(良い知らせ、Good News)を575形式で歌ったもので、テーマは聖書に限らず、信仰生活全般を詠んだもの。例えば「忘れてた 神さま来るの 忘れてた」「呼ばれたら ついて行くけど 今はだめ」「千年を 一日のごとっく 神を待つ」など(8)。
Iさんは、川柳には①穿ち ②おかしみ ③軽み の三要素が必要で、俳句やジョークとは別物だという。また、福音川柳とシルバー川柳の違いを次の2作をあげて説明したかったようだ。
「日帰りで 行ってみたい 天国へ」(2012年シルバー川柳入選作)
「闇の中 光を見たけりゃ 目をつぶれ」(福音せんりゅう 鈴木勁介師)
出席者には俳句に詳しい方も多くあまり話は進まなかった(9)。
ということで、なかなか充実したクリスマス会だった。十数年の歴史を閉じるのは本当に残念で極まりない。いままで毎月一回、話題提供者をだれか探し出して、欠かさず開いて来られた関係者の方々に感謝したい。
注
1 要は文部省唱歌のことで、たとえば一年生用の鳩ぽっぽとか3年生用の春の小川とかのこと。高齢者なら誰でも歌える、歌えなくとも聞いたことはある歌。アカシアの会ではSさんがいつもオルガンを伴奏してくれた。
2 「あめのみつかい」や「もろびとこぞりて」、「みつかい」「しずけき」など定番の歌もさることながら、「アデステ」(Adeste)は私は久しぶりで歌えなかった。
3 第2バチカン公会議以降現在は確か1時間前に変わっているようだ、
4 N氏は「隠れキリシタン」(現在はカトリックに戻った人たちを「潜伏キリシタン」と呼んで区別しているようだ)ということばは使われなかったが、「キリシタン征伐」という表現を繰り返し用いていた。「キリシタン」とか「征伐」という言葉の持つ重みを感じた。
【ザビエル像】

わたしは2028年に國學院大學で開催された特別展「キリシタン ー 日本とキリスト教の469年」に行ったことがある。これは、長崎と天草地方の潜伏キリシタンの関連遺産が世界文化遺産に登録されたのを記念して開かれたものだ。これは本として出版されており、私も大事に保存している。この本では、隠れキリシタンといっても、長崎県下では生月・平戸系と、外海・浦上系の2種類があり、伝承(オラショなど)も異なるらしい。五島列島のキリシタンは外海・浦上系だという。
【キリシタン展】

5 男女が左右に分かれて座るという習慣はいまでもどこかの教会では残っているかもしれない。こういう話でジェンダーだのフェミニズムだのと言い出すのは野暮というものだろう。
6 「法度」という言葉がNさんの口からすっと出てきていたのには私は驚いた。わたしは日常会話でこの言葉を使ったことはない。福江島では信者と未信者は混住だが、信者は貧しい(農作業に適さない)山際に住まざるを得なかったという。混住と言ってもあまり交流はなかったのかもしれない。
7 「定年後 悠々自適は 妻でした」など20本。私が気に入ったのは、「道ばたで 休んでいたら 拝まれる」「散骨を 海にはするな 泳げない」「タブレット 使えず回る 寿司見つめ」など。
8 福音川柳の中に、「宣教川柳」というものもあるらしい。東京教区が熱心に取り組んでいると聞いているが詳しいことはわからない。たとえば、今年の入賞作品は「祈りこそ 希望の宝 主の恵み」だそうだ。2023年の枢機卿賞は「主に習い 柔和謙遜 学びたし」だという。どちらもあまり「おかしみ」を感じないが、どうだろう。
9 どうも川柳は俳句より文学形式としては格下に見られているらしい。俳句は現代では和歌(短歌)より格式が高いのだろうか。わたしはどれも不案内なのでよくわからない。