米田彰男師の『イエスは四度笑った』を読んだ(1)。いわゆる「史的イエス」論で、イエスの、短い人生の中での「喜怒哀楽」を現代の聖書学のもとに描いている。主に依拠しているのは「ユダの福音書」だ(2)。イエスは、普通思い描かれる、尊厳な、厳格で、そして可哀想な死に方をした、立派な人(神)というイメージとは異なり、もっと明るい、そしてユーモアのセンスを持った、面白い人(神)だったのではないか、という説だ。
米田師には10年ほど前に黙想会で指導を受けたことがある(3)。米田師は、気難しい聖書学者というよりは、穏やかな人柄で、一泊二日の黙想会は和気藹々の楽しいものだった。ドミニコ会といってもカナダ管区ですから、と笑っておられたのが記憶に残っている。
念のために目次だけ紹介しておこう。
第1書 イスカリオテのユダと『ユダの福音書』
第2章 イエスを4度笑わせた『ユダの福音書』
第3章 正典福音書におけるイエスの<怒り・苦しみ・悲しみ・喜び>
第4章 正典福音書におけるイエスの<ユーモア>
第5章 正典福音書におけるイエスの<笑い>
追記1 聖夜を前に聖書ひもといて
追記2 ガザの「壁」
全体を流れるのは、小説家椎名麟三の言葉「福音書には、イエスの笑いの記事がないことが残念である」という問い、「イエスは笑ったはずだ」、という予感(4)に、現代聖書学の知見をもとに答える知的挑戦だ。つまり、イエスの言葉を、具体的な状況の中で、誰に対して、どういう感情で語られたかを、正典福音書とユダの福音書に探すという試みだ。細かい聖書の話なのだが、引用と説明が丁寧なので、共観福音書の知識がなくともなんとか読み通せた。といっても前著『寅さんとイエス』と比べると格段と難しい。
内容は聖書学に素人の私がまとめることはできない。ただ、福音書のそういう読み方、説明のしかたもあるのか、と驚きの連続だった。「快活で晴朗なイエス」、これが米田師が持っているイエス像だということがよくわかった。
【イエスは四度笑った】

注
1 米田彰男『イエスは四度笑った』(筑摩書房、2024)
2 1970年代にナイル川流域で4つの写本が発見された。パピルス紙。なかには、①フィリポに送ったペテロの手紙 ②ヤコブの黙示録 ③ユダの福音書 ④アロゲネースの書 が含まれていたという。「マガーガ写本」と呼ばれているらしい。グノーシス派の偽典という説もあるようだ。ユダとはイエスを「引き渡した」ユダである。「イエスを金で売った、裏切り者のユダ」ではなく、イエスを「引き渡した」ユダである。この「引き渡す」ということの意味の解明が本書の主要命題の一つとなっている。
3 この黙想会の印象はブログに書いたことがある(はてなブログ、2015-09-13)。この時の黙想会のテーマは「イエスはフーテンの寅さんだった」というもので、師の著書『寅さんとイエス』を使った面白い黙想会だった。この黙想会でも「イエスの笑い」について研究を進めていると仰っていたので、本書はその成果だと思われる。
4 椎名麟三「道化師の孤独」椎名麟三全集第九巻(1976)