クラパのけーこです
小学校時代15
習い事一つ忘れてました
アイススケートに冬だけ通ってました
きっかけは母だったと思う
自分から習いたいと言った記憶がなくて(スケートの事もよく知らなかった)
母から習うかと聞かれて好奇心はあったから習わせてもらった
スケートリンクが1つ隣の駅にあり
そこでスケート教室もしていた
最初は母が付き添ってくれてたけどそのうちすぐ下の妹と平日の放課後に週一回電車で通ってました
スケート教室はアイスホッケーをするお兄さんたちが先に使っていて黒いヤツをバシバシはじいててスティックでカンカン氷を叩いたり凄いスピードで滑ってて怖いくらいに迫力があった
履いているスケート靴の種類も私が履いていたのとは全然違うかった
初心者は氷の上でペンギンみたいにヨチヨチと小股で歩くところからスタート
最初はスケートリンクの貸しスケート靴をレンタルしてたけどちょっとずつ滑れるようになっていったので家の近くのスポーツ用品店に連れて行ってもらい憧れの白いスケート靴を注文してもらいました
慣れてきた頃スケート教室では大きな円を片足で滑る練習や大きな8の形を左右片足づつ滑る練習をひたすらしてた
同じことを前向きと後ろ向きでできるようになるのが課題
スピンなんてとんでもなくて大きなお姉さんはクルクル回転してたけどそもそも靴の金属の部分の形が違うなーと私は思ってた
ある日の練習の日にいつもはいない先生が私の滑る姿を見て
私の靴のエッジが少しズレている事に気づいたみたいで後日スポーツ用品店に預けて調整をしてもらった
調整したからといってめっちゃ上手くなったわけでもないけどー
多分スケートも級とかあってテストを受けたりしてたと思う
冬だけの習い事やったけど2〜3年は通ったと思う
なんせ冬のシーズンだけで週1回しかやってないからちょっとづつしか上達してなかった
今思えば、クルクル回るスピンやジャンプを習うクラスではなかったんじゃないかと思う…
それかもうちょっと諦めずに飽きずに習ってたらスピンやジャンプができるようになったんかな
冬が寒すぎて行くのが億劫になって私は辞めてしまった
その代わり1番下の妹が通い始めたと思う
スケート靴は順繰りに妹に履き継がれていたので無駄にはなってないと思う
結局どの習い事も中途半端に終わってるね
アーユルヴェーダの話をちょっとだけ…
私のドーシャは今はカパだけどサラリーマン時代はヴァータ・カパだったと思ってる(その頃を調べたことがないけど…)
小学校時代はヴァータ強めかな
ヴァータタイプは
何でも興味あればそっちに向かう
でも飽き性、切り替え早い
なんでも器用にこなす
軽やかな行動派
他にもいっぱいあるけど習い事の傾向をみて私に当てはまるヴァータの特徴
今日はここまで
大阪市生野区の実家の一室をバリ風にアレンジした隠れ家サロンです
1番の人気メニューは見た目にインパクトがあるシロダーラ
第三の目とも言われる額の第六チャクラにオイルを垂らすアレです