人工知能などのテクノロジの進展に伴い、企業における生産性は向上すると期待される一方で、生産性が伸びても雇用は伸びない「グレートデカップリング」化の動きは、労働者にとって深刻な問題になっていく可能性がある。
また、人工知能による知的労働の自動化により、知的労働者のキャリアパスは、良くも悪くも破壊され、知的労働者が失業する「失業の波」が押し寄せる可能性も指摘されている。
しかし、日本では、世界でも類を見ない超少子高齢社会による急激な人口減少が進む課題先進国であり、雇用が人工知能などに置き換えられて失業するリスクよりも、むしろ、労働人口減少による労働力不足による潜在成長力の低下に伴う経済や社会へのマイナスリスクのほうが懸念される。
内閣府が2014年に発表したデータでは、日本の経済への大きなマイナス要因となるのは人口減少による労働人口の減少をあげている。日本の労働人口は、2013年の6577万人に対し、2060年には4390万人まで減少すると予想している。
仮に、出生率が回復して2030年に合計特殊出生率が2.07まで上昇し、かつ、女性がスウェーデン並みに働いて、高齢者が現在よりも5年長く働いたとしても、2060年には5400万人程度まで減少すると予測している。
日本では、超少子高齢に伴う労働力人口の減少を踏まえた対策が急がれており、企業は少ない労働力でより付加価値の高い製品やサービスが提供できる仕組みづくりが、より求められていくだろう。
海外は日本よりも労働不足がより深刻に?
労働力人口不足の問題は、世界よりも先行して少子高齢化が進む日本だけでなく、むしろ海外のほうがより深刻化になっていくという予想もある。
ボストンコンサルティンググループのシニアパートナーで人材に関する専門家のRainer Strack氏は、2014年10月、TEDのプレゼンにおいて、2030年までに世界のGDPの70%以上を占める世界の15経済圏の多くでは労働人口が需要を下回るとコメントしている。
2020年は多くの国において、労働供給過剰の状況となっているが、2030年になると、ブラジルは33%、韓国は26%、ドイツは23%といったように、労働不足が深刻になり、日本の2%の不足と比べると、労働不足は深刻になることが予想されている。
ドイツでは、ドイツ政府が進めている工場などをインターネットで接続し、生産を高める「インダストリー4.0」の戦略の推進は、今後、深刻化する労働力不足への対応を急いでいるともいえるだろう。
出所:TED Rainer Strack氏 講演資料 2014.10
また、Strack氏は、労働力不足において、ハイスキル労働力の不足率がさらに高まり、ロースキル労働力が部分的に余剰になるという状況となり、雇用のミスマッチが蔓延し、大きな社会問題になっていく可能性について指摘している。
労働力不足を補うためのロボットや人工知能の活用
経済産業省は4月28日、政府の産業競争力会議ワーキンググループ「新陳代謝・イノベーションWG(第8回)」において、「AI(人工知能)・ビッグデータによる産業構造・就業構造の変革」というテーマで、人工知能やビッグデータの経済や社会に与えるインパクトや産業構造や就業構造の変革の必要性について紹介をしている。
就業構造の変革については、構造的な労働人口不足の緩和という量的な側面のみならず、創造的な仕事の創出などを通じて労働の質的側面も変化させていくことの重要性を指摘している。
労働力人口の減少を補うためには、女性や高齢者の参加の推進や外国人労働者のさらなる活用などにとどまらず、ロボットや人工知能などのテクノロジの活用による労働の自動化を進めることで、労働の生産性を高め、働き方や生活スタイルが大きく変化させていくことが重要となっている。
日本においては、深刻な労働力不足になると言われているのが介護分野だ。政府は2025年度に約250万人の介護職員が必要とされるものの、約30万人の介護職員が不足すると推計している。
経済産業省が1月に発表した「ロボット新戦略」では、介護分野を重点分野の1つに位置づけており、ベッドからの移し替え支援や歩行支援、排泄支援、認知症の方の見守り、入浴支援の5分野について、開発・実用化・普及を後押しするとし、介護ロボットの導入やロボット技術を用いて介護者のパワーアシストを行う装着型の機器の活用などが施策に盛り込まれている。
また、NEDO(国立研究開発法人新エネルギー・産業技術総合開発機構)が2014年7月に公表した「ロボット白書2014」では、2025年における生活支援ロボットの利用シーンを紹介している。
生活支援の利用シーンでは、汎用自立支援、食事支援、排泄支援、離床・着替え補助・清拭支援、健康・医療管理などの業務をロボットが補うケースが紹介されている。
出所:NEDOロボット白書2014.7
人工知能においては、McKinsey Global Instituteが2013年5月に発表した「Disruptive technologies(破壊的技術)」によると、人工知能による知的労働の自動化(Automation of knowledge work)がもたらす経済的なインパクトは、2025年には5兆2000億ドルから6兆7000億ドルに達すると予測している。広告から、農業や教育、金融、法務、製造、医療、ガス石油、メディア、NPO、自動車、小売など、あらゆる分野において利用が始まっている。
また、デジタルビジネスの進展による労働のあり方についても、大きな変化をもたらすことになるだろう。Gartnerは2014年10月、2015年以降にIT部門およびユーザーに影響を与える重要な展望「Gartner Predicts 2015」として10の予測を発表した。
その中の一つに、
2018年までに、デジタルビジネスに必要なビジネスプロセスワーカーの数は従来のモデルの50%で済む一方、主要なデジタルビジネス業務は500%増える
と予測している。その一例では、
冷蔵庫が食料品を発注し、ロボットが注文された商品をとりまとめ、ドローン(無人航空機)が商品をドアまで届けることによって、店員や配達ドライバーの必要性がなくなります
と予測しているように、デジタルビジネス環境の進展によって、人間の労働が介在しないで完結するといったケースも増え、雇用動態とビジネスプロセスは大きく変化していくと指摘している。
デジタルビジネスの進展においてのプレイヤーにおいて、IDCが3月に発表した調査によると、デジタルビジネスは、これまでのエンタープライズにおけるビジネスモデルやエコシステムに大きな進化をもたらすとしており、それぞれの役割を紹介している。
- Digital Resister (デジタルビジネスの反対者)
- Digital Explorer (デジタルビジネスへの可能性を探る人)
- Digital Player (デジタルビジネスの現場の当事者)
- Digital Transformer (デジタルビジネスへの移行支援者)
- Digital Disruptor (デジタルビジネスによる破壊者)
という5つのプレイヤーに分けている。
デジタルビジネスを推進するDigital Disruptor(デジタルビジネスによる破壊者)は約14%にとどまっているものの、Digital Transformer(デジタルビジネスへの移行支援者)やDigital Player(デジタルビジネスの現場の当事者) を巻き込むことによって、デジタルビジネスの加速が顕著になっていくことが予想される。
労働人口不足をビジネスチャンスに
P.F. Drucker氏が予測したように「超少子高齢化社会」による労働人口の減少は、「すでに起こった未来」であり、もはや元に戻ることのできない時代の流れだ。これらの社会に重大な影響を与える変化や未来に対する備えをし、実行していくことが重要となっている。
その備えと実行手段の一つとして、ロボットや人工知能などのテクノロジの活用やデジタルビジネスの推進により、少ない労働力の中で生産性を向上させ、付加価値の高い製品やサービスを提供できる仕組みを創造していくことが重要となるだろう。
課題が顕在化することで、それを解決するためのさまざまなソリューションやサービスが生まれ、それらが多くのビジネスチャンスを生み出し、経済や社会を大きく変えていくことが期待される。
Strack氏は、ロースキル労働力が部分的に余剰する一方で、ハイスキル労働力の不足率がさらに高まると指摘している。そういった状況の中、テクノロジに置き換えられずに人間にしかできない自分自身の強みとなるスキルを高め、創造的な仕事を生み出し、労働そのものの質を変化させていくことが、さらに求められる時代になっていくだろう。