夏へのトンネル、さよならの出口 | 若宮桂のブログ・空と海がぶつかる場所

夏へのトンネル、さよならの出口

雨の香崎驛。
眼前に海が見えるホームに立った高校生のカオルは、そこで雨に濡れた高校の制服を着た女性を見かける。
片田舎の町。
鹿と電車の接触事故があり、次の電車が30分遅れるとアナウンスが聞こえてくる。
チッと舌打ちし、そして人のことジロジロ見て気持ち悪いとカオルに悪態をつく女性に、この辺じゃ見ない顔だなって思ってと、カオルは抑揚のない声で話しかけた。

一刻間をおいて、カオルは使う?とビニル傘をさし出した。
何それ、善人ぶってる?と云い放つ女性に、カオルはやはり抑揚のない声で、風邪引いたらよくないし親も心配していると思うと話す。
それはそっちだってそうでしょう?と話す女性に、僕を心配する人なんて居ないから。
私には親なんていない。そう、話す女性にそれはいゝね。
その言葉にハッとした彼女は、傘を受け取った。そして、あとでかえすから名前と連絡先教えてとガラケーを取り出す。

塔野カオル。花城あんず。

カオルの家は、実は幼い頃妹を事故で亡くしており、それが元で母は家を出ていき、今は酒浸りの父とふたり暮らしだった。
帰宅したカオルはまた、父に暴力を振るわれ、家を飛び出した。
フラフラとあの驛へ来たカオルは線路をあてもなく歩く。そこへ電車が。
慌てて斜面を転げ落ちるカオル。そこに水辺がありその先に洞窟があった。

吸い込まれるように中へはいるカオル。
内部は浅い水辺がずっと先まで広がって何故か仄明るく、道の左右に紅葉した楓の木がきれいだった。
そこに小鳥。妹とふたりで教えた、もうだいぶ前に亡くなっている歌をうたうインコだった。そしてその先に子ども用のサンダル。
おそるおそる拾って裏を見ると、カレンと、亡くなった妹の名前が書かれていた。
ウラシマトンネル?
歳と引き換えになんでも願いを叶えるという、この町で都市伝説として語られるウラシマトンネル。それを見つけたのだと思った。
インコとサンダルを抱えて外へ出るカオル。そこへ、あんずや友人からメール。
おどろくことに、トンネルの外では数日が過ぎていた。

その後、再びトンネルに挑むカオル。しかし入ったところで何時からついてきていたのか、あんずに呼び止められる。
はやく出て!と慌ててと外へ連れ出す。刹那の時間なのにまた、数日経ってしまっていた。
あんずに、このウラシマトンネルのことを語るカオル。
お互いに欲しい物があるから共同戦線を張らない?と、あんずは提案するのだった。


先日紹介した映画「雨を告げる漂流団地」がよいものでしたので、記事を書いたあとほかにもなにか見落としている作品無いかなと何気なく検索。
そして見たのが、この作品の予告編。
水曜日は最後の仕事でいつも遅くなるのですが、先週はその最後のがキャンセルでしたので、16時に仕事を終えてから博多驛の映画館まで自転車で移動して見に出かけました。

ちょっと見てみようかなというくらいの気持ちでしたが、かなり良いものでした。もともと「時をかける少女」のような、時間や空間が変化するギミックのある作品が好き。
最近はあまりないのですが、これに関しては時間あったらもう一回見に行きたいと考えてます。

 

ソレハイイネ。
思うに、この言葉を投げかけられてからあんずは、もう本当は彼のことしか見えていなかったのかもしれません。


写真は、来場者特典のミニ小説。
エンディング後のふたりが描かれています。
その隣は、あんずさんのような素敵な女性からの着信など無い、私のガラケー。

 

担当自転車は霞。
見終えた帰り、驛の陸橋下を走っていると、古い側溝に後輪が刺さってパンク。
この日、予備のチューブを切らしていたので、驛近くのヨドバシカメラで映画の前にチューブを買ったばかりでしたが、ポンプなどの修理セットは家に置いてきてしまってました。そもそも朝の時点でこんな博多驛に来る予定も無かった。
先ほどチューブ買ったばかりのヨドバシへ再度立ち寄り、お店のポンプとスペースをお借りしてチューブ交換させてもらいました。