小田和正ライブレポート | 若宮桂のブログ・空と海がぶつかる場所

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9月10日。数えきれない偶然の出会いが重なり、福岡Yahoo!JAPANドームの前にやってきました。


福岡Yahoo!JAPANドーム。
地元野球団「Hawks」の本拠地として知られる多目的ドーム球場です。
ライブ時の収容人数は、アリーナ席もあるので5万人以上だそうで、あらためて彼の人気のほどを感じます。
以前彼がライブを行っていたマリンメッセ福岡は1万3千人くらい。
今の彼はもう、伝説として語られるオフコース時代よりも遙かに大きな存在になっているのかもしれません。


16時。開場です。自分が大阪のファンの方から譲ってもらった席は、1塁側スタンド中央附近の最前列。
ステージは何処だろうかと目を凝らさないと見えないほど遠いうえ、金網で微妙に見にくいですが、まぁこの種のライブはこんなものでしょう。
開演の18時まで、ゆっくりと想いを巡らせました。


小田和正 さんのライブツアーは未だ途中です。これからライブへ行かれる方は以下ネタバレにご注意ください。





KAZUMASA ODA TOUR 2011 どーもどーも その日が来るまで
福岡Yahoo!JAPANドーム公演


※前半のセットリスト
明日
ラブ・ストーリーは突然に
こころ
正義は勝つ
誰れもどんなことも
こたえ
たしかなこと
若葉のひと
勝手に寂しくならないで
秋の気配
※メドレー~I LOVE YOU~切ない愛のうたをきかせて~good times & bad times~めぐる季節~水曜日の午後~少年のように
緑の街
風の坂道


ステージ上のスクリーンに、オープニング映像が映し出されます。
当時オフコースメンバーだった彼の音楽に出会って30年。遂に初めてお目に掛かれますね。
歴代のコンサートツアーのオープニング映像に始まり、彼の略歴もCGアニメーションで映し出されます。
自転車で全力疾走する彼。次の瞬間、機材の山へ突っ込んでしまいます。そして、全身に包帯を巻いた姿でステージに立ってうたう場面がありました。
これはおそらく、98年の事故(実際の事故は車による自損事故)のことを表しているのだと思います。
自分はこの事故のことは当時全く知らず、後年になって知りました。
このライブのことを勧めてくださった方のひとりは、この事故の後彼は歌もステージも変わってきたと話しておられました。


1曲目は、初めて聴く「明日」。
彼は、63歳(もうすぐ64)な筈ですが、まるで年齢を感じさせない。あらためてすごいことだと思います。スポーツ刈りも、若々しく見えますね。
そしておどろいたのは、彼がA.ギターを持ってステージに現れたこと。
ギターも弾ける、ということはむかしから知っていました。しかしオフコースでの印象から彼はキーボードを忙しなく動かしていたり、ピアノに坐っている印象が強いものですから、これは新鮮なおどろきでした。


次は、超大ヒット曲「ラブ・ストーリーは突然に」。
早くも下のアリーナ席は総立ち。スタンディングオベーションです。
場内にはダイヤモンド型に道が設置してあり、彼はそこを歩いたり時には小走りに走り乍らうたいます。
そしてまさか、ステージから降りて観客席へ!
アリーナ席の観客たちへマイクを向けて曲を一緒にうたったりしてます。
いきなりのことでしどろもどろになる観客と、彼のお顔がスクリーンに映し出されました。


E.ギター、ベース、ドラムス、キーボードのほかに、サックスとストリングスも入り、サポートの演奏家も豪華でした。
事前に教えてもらっていたセットリストのうち、夏を感じさせる曲とアンコールは一部変更されていました。
「こころ」と、歌詞から推定ですが「正義は勝つ」。初めて聴く2曲の後MC。

どぉもぉ~~!!と話し出す彼。声が明るい。
自分が知ってる彼の喋りは、うたっているときの少年のような声とは違い、ボソボソとした抑揚のない声でひと言ふた言、というものだったので、このはつらつとしたお声はにかなりおどろきました。
最近はホテルで頭洗う時にどれがシャンプーでどれがリンスか、字が小さくて見辛く困る、などど自虐的ギャグを交えて観客を笑わせたりします。
彼こんなにお喋りでしたっけ? 意外です。


このほか、岡山市公園協会の依頼で彼が植樹を行ったのですが、実は無許可だった後で知らされた話とともに、その時撮影したビデオをスクリーンに映して、笑いを交え乍ら一緒に見ました。
もうこの話するのはハカタで終わりにするとおっしゃってました。


往年の名曲、「秋の気配」。確かサポートの方とのツインギターで弾き語りでした。それを演奏した後、往年の名曲メドレー。
彼との出会いの曲「I LOVE YOU」をはじめ、まだ彼の曲をよく聴いていた頃のことを懐かしく、思い出します。
スクリーンには、オフコース時代の写真や、CM撮影時のヒトコマなどが映し出されました。


  届けこの想い あの日の君に
  届けこの想い 今の君に
  きっといつか会える その時まで
  僕はこゝで待ってるから いつまでも待っているから


次は自分が撮った映画の主題歌として作った曲ですと「緑の街」。
自分が小田和正を聴かなくなった理由のひとつに、彼が映画を撮るようになったことがあります。
映画など撮らず、バラエティーになど出演せず、不器用な音楽人を貫いてほしかった。
しかし今は、この詞がとても心に響きます。


グランドピアノに坐る彼。ようやく自分の知ってる彼らしくなってきました。
次はオフコース解散後の彼の作品で一番好きだった「風の坂道」。あらためて良い曲だと感じます。


前半が終わり、彼がライブで訪れた地の名所を歩いて紹介していく、「ご当地紀行」というビデオが流されました。
新しくなった博多驛の屋上へ行ったり、住吉神社へ御參り。マリノアシティ、それから能古島(のこのしま)へ行き、ウサギに餌を与えて戯れます。
福岡公演での恒例だという大濠公園。前に来た時釣りしてた子どもは今は23くらいか、俺なんか63だゾと笑わせ乍ら、その後ボートを漕ぎ、ギター弾き語りで一緒に歌おうと、唱歌「ふるさと」。会場からもうた声が聴こえてきました。





※後半のセットリスト
グッバイ
思いのままに
愛を止めないで
the flag
やさしい雨 
Yes・No
キラキラ
伝えたいことがあるんだ
緑の日々
今日も どこかで
さよならは言わない
東京の空
hello hello


後半です。「グッバイ」の次は、冒頭のコーラスが美しいオフコースの名曲「思いのままに」。アレンジも、当時のを踏襲したものになっていました。
次いでオフコース時代のヒット曲「愛を止めないで」。
最新アルバムの曲とともに演奏されますが、とても70年代の曲とは思えない新しさがありますね。
後半はMCが少なく、ひたすらに曲を演奏する感じでした。


イントロで分かってしまう、サックスが奏でる伝説の旋律。不意にステージの火薬が炸裂。「Yes・No」です。
後年のMY HOME TOWNバージョンではなく、オフコースオリジナルバージョンで、やはりこれは一番盛り上がりますね。
オフコース時代。インタビューで、「歌は愛とYESだ」と彼が話していたのを思い出しました。
当時YESの意味が分からなかった。
今はこう思います。「愛」は文字どおり愛すること。そして「YES」は相手の全てを許し認めること。このこたえで合ってますか?小田さん。


「キラキラ」。確かこれも大ヒット曲です。
再び観客席へ降りて、観客へマイクを向ける彼。演奏終盤、自転車に飛び乗り冒頭のアニメーションのように走り廻りました。


「伝えたいことがあるんだ」。
この日記で度々紹介している音楽家の吉崎硝子 さん。
このライブ観に行くか迷っていた時、彼女がブログで泣ける歌だとしてこの曲を紹介しました。彼女もまた、このライブ観に行けと無意識に背中を押してくれたのかな。そんなことを思い出し乍ら、聴きました。


「さよならは言わない」、「東京の空」をピアノで弾き語りした後、最後の曲「hello hello」。
これ等新アルバムの曲もなかなかのものでした。
10年以上ぶりに彼の作品買ってみるかな、。





※アンコール1
忘れてた思い出のように
またたく星に願いを
ダイジョウブ


※アンコール2
言葉にできない
YES-YES-YES
いつもいつも


※アンコール3
moonlight serenade
生まれ来る子供たちのために



ライブ本篇が終わり、一部の観客は終電の都合か、席を立ちます。
自分もこの後深夜勤なので、そろそろ時計が気になるところ。

  

  この夢は捨てない いつまでも追いかけてゆく
  この愛は離さない そのために生きてゆきたい


アンコールは、実に3回もありました。
1回目は、懐かしい、アルバムMY HOMT TOWN収録の「またたく星に願いを」など3曲。終演後、仕事中にずっとこの歌詞の断片が躰を駆け巡っていました。


2回目は「言葉にできない」など3曲。
実に82年に発表された曲ですが、全くそんな古さは感じさせませんね。
オフコース時代は、間奏の松尾一彦さんのハーモニカが印象深かったのですが、この部分はサポートミュージシャンによる鍵盤ハーモニカになっていて、これはこれで味がありますね。


「YES-YES-YES」。初のライブで想い出がたくさん詰まったこの曲聴けるなんて!

  

  振り返らないで 今君は素敵だよ
  僕のゆくところへあなたを連れてゆくよ 手を離さないで


1982年。あの頃、オフコースが自分の全てだったな。
最初気のせいかと思ったけど、伝説の「1982.6.30」ライブビデオのラストシーンのように、残った観客で大合唱となりました。すごい。
自分も力の限りうたいました。


そしてまさかの3回目。
小田さんとサポートミュージシャンたちが、遠目で良く見えなかったのですが、サックスを持ちよって「moonlight serenade」をまずは披露。
ボーカルは無しですが、これは見事な演奏でした。
もう仕事へ行く時間気にするの止めました。これ最後まで聴かないと、きっと一生後悔します。


再びグランドピアノに坐り、ラストは「生まれ来る子供たちのために」。1980年の作品です。
記憶があいまいですが、確か反戦の思いが込められた曲で、アルバムからシングルカットしようとしてレコード会社から反対され、それを押し切って強行発売した曲じゃなかったかな。
今は静かに、被災地のことを想い、うたいます。
円熟したお見事な演奏で、この日はこの演奏が一番印象に残りました。


スクリーンにエンドロールが流れます。実に3時間半に及ぶライブは終わりました。
ハッと我に帰り、群衆をかき分けて駐輪場へ。この群集です。バスや電車だったら遅刻したことでしょう。
開演前に買うかどうか迷った、ライブグッズのTシャツを買いに売場へ立ち寄りました。
ライブ中、隣の観客が着ておられたピンクのにしようかと思いましたけど、アンコール時に彼が着てた白いのにしました。


仕事は間に合いました。


30年分の想いを凝縮して長々と書きました。最後までお読みくださり、ありがとうございました。

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