◆ 火吹く人たちの神 ~18








第一部 青銅の神々
第二章 目ひとつの神の凋落


■ 柳田国男「一目小僧その他」の大胆な仮説
■ 柳田以降の諸説の検討
■ たたら師の職業病の投影━━天目一箇神の奇怪な姿

一気に3項分を進めます。



◎「一眼一足」の妖怪

日本の民話には「一眼」「一足」の妖怪が登場するものが多くあります。両方を伴うものも。また神楽の中で「鍛冶の舞」が奉納される際は、その大部分にヒョットコが登場。そのヒョットコの面は常に片目。

なぜそのような民話が多く残り、なぜヒョットコは片目なのか。ところがその答えは、既に定説化しています。

鍛冶は片目を閉じながら炉内の火の加減をはかるが、火の粉が飛んできて開けた方の目をやられるから。
「たたら製鉄」なら送風装置である「鞴(ふいご)」を踏まねばならぬが、それをやり過ぎて足を痛めるから。

それがいつしか忘れられ、樹で目を突いただの…生まれつきの不具者であっただの…といった話に。この「一眼一足」は日本に限ったものではなく、世界中にみられるようです。

そのいわゆる定説を、最初に唱えたのが谷川健一氏であったのかどうかまでは知りません。少なくとも私は本書で初めて知りました。



◎柳田国男「一目小僧その他」

この書は柳田国男が寄稿したものを取りまとめて一冊の書にしたもの。

「一目小僧」(大正六年)の中では、
━━大昔には祭の度ごとに神主を一人づゝ殺す風習があつて、その用に宛てられるべき神主は (中略) 片目だけ傷つけておいたのではないか━━
このような仮説を上げています。

「目一つ五郎考」(昭和二年)の中では、
━━天神寄胎の神話の一つに天目一神(アマノメヒトツノカミ)の御名があり、それと同名の忌部氏の神は金作者であった。即ち太古以来の信仰の中に、すでに目一つを要件とする場合があつたのである。宇佐の大神もその最初には鍛冶の翁として出現なされたと伝へられる。而うして御神実(みかんざね)は神秘なる金属であつた━━
と、十年の時を経て「一目」と鍛冶神が結び付く可能性を示唆しています。

「片目の魚」(昭和二年)の中では、
━━一眼盲する者を俗語でカンチ又はメッカチなどゝと呼ぶのは、即ち鍛冶から出た語 (中略) 特に片目の人間を選んで金屋の業に就かせた時代があつたのではあるまいか。猶一歩を進めて言へば、片目の人には何か特殊の力があると信じられた…━━

柳田国男氏の考えが徐々に、「一眼」と「鍛冶」の結び付きを深めています。



◎柳田国男氏以降の研究

その後、柳田国男氏以外にも多くの研究者たちにより、一眼者や片足者を選んだ…或いは片目片足を傷付けた…といった辺りで研究は留まっていたようです。

そこに一石を投じたのが若尾五雄氏。ヒョットコ面に着目し、片目のものの方が古いという事実を検証。
そして「片目をつぶって炉の炎の色をたしかめる姿こそヒョットコの基本型であると考えた…」と。もちろん「ヒョットコ」が「火男(ひおとこ)」からの転訛であるということですが。



◎村下の証言

出雲出身の民俗学者、石塚尊俊氏の「鑪と鍛冶」(昭和四十七年)の中に、島根県飯石郡吉田村(現在の雲南市吉田町)の「菅谷(すがや)」在住の「村下(むらげ)」の生き証人である堀江氏から聞き取った話が掲載されているとのこと。
「村下」とは現場責任者、棟梁といった存在の人物のこと。原文まま引用します。

━━村下は年中火の色を見ておりますから、だんだん目が悪くなっていきます。火を見るには一目をつむって見ねばなりません。両眼では見にくいものです。右目が得手の人や左目が得手の人や、人によって違いますが、どのみち一目で見ますから、その目がだんだん悪くなって、年をとって六十を過ぎる頃になると、たいてい一目は上がってしまいます━━

「一目が上がる」とはもちろん失明のこと。村下十人に七~八人は失明したとも。



◎片目の神

谷川健一氏はこのことから推論していきます。
━━この片目のたたら師こそが天目一箇神(アマノメヒトツノカミ)であったにちがいない。(中略) 過酷な労働に従事して眼を傷つけた人びとにたいする畏敬の念が生まれ、彼らを神として遇するまでにいたったにちがいない━━と。

一本足についても、送風装置である鞴(ふいご)
踏み続け、足や膝を酷使して疾患したものではないかとしています。

第15回の記事にて記した、「日本霊異記」の尾張国阿有知郡(あゆちのこほり、愛知郡)片蕝里(かたわのさと)。「片蕝」は鍛冶師たちの職業病である、「片目片足」の者が多いことからの地名ではないかと推理しています。

また「アナシ」を「痛足」「病足」と記すのも、たたらを踏む者の職業病ではないかと。「アナシ」とはもちろん「穴師」のこと。採掘業者のこと。

鞴を踏む人たち
*画像はWikiより
[若狭国] 阿奈志神社




今回はここまで。

天目一箇神が、鍛冶師たちの職業病から起こったものであるという谷川健一氏の推論に至りました。

この推論はほぼ定説化しています。

柳田国男氏を始め、多くの研究者たちを悩ませた「片目片足の神」の謎。本書ではその経緯が細かく書かれていますが、それを割愛したことをここに明記しておきます。



*誤字・脱字・誤記等無きよう努めますが、もし発見されました際はご指摘頂けますとさいわいです。