八鐵神社 (手貝町弁財天)


大和国添上郡
奈良市手貝町
(詳細住所不明、「手貝町32」の南隣、「東大寺転害門」前道路を北へ100mほど)

■祭神
弁財天


「東大寺転害門(てがいもん)」を由来とする「手貝町(てがいちょう)」、現在は車の往来の激しい幹線道路の一つとなっているかつての「京街道(奈良街道)」沿いに鎮座する社。
◎「手貝町」はかつて「手掻郷」と称されました。東大寺大仏が造立されると聖武天皇は、その守護神として豊前国の宇佐八幡宮(記事未作成)より八幡神を勧請します(手向山八幡宮)。その八幡神は諸神を手招きしたとされ、その仕草が手で物を掻くようであったからという話も。
◎改修を経つつも奈良時代のものが現存するという「転害門」。平城京とは門前の「平城左京一条大路」で一直線に繋がっていたこともあり、利用頻度はかなり高いものであったかと。また中世の頃には旅籠などが建ち並び大いに栄えた町であったとも。
◎当社創建由緒等に関する資料は見当たらず不明。近年全面改装されたようで、小さいながらも美しく鎮まっています。