湯谷神社


近江国坂田郡
滋賀県米原市米原771
(境内にP有)

■旧社格
村社

■祭神
大巳貴神
[脇祭神] 保食神 豊受大神 宇迦之御魂神
[脇祭神] 水門神 宗像神 速秋津日神


米原駅の東方300~400m、琵琶湖東岸より東方2㎞ほどに鎮座。鈴鹿山脈の北西端の裾に位置しています。
◎創建年代は不詳。社伝によると「上古出雲国人が諸国を巡ってこの地に至り、里人に池を掘らせると、霊泉が涌き出、又荒地を開墾したところ、五穀がよく成育したので、出雲の祖神大己貴命を小谷の岩上に奉斎した」としています。
現社殿付近に岩等は見当たらないため、山の方から麓へ遷座されてきたということでしょうか。登山道があり、かつては太尾山城が築かれていたようです。現地未確認ながら磐座等が座すという資料は見当たりません。
◎この「霊泉」というのはどうやら温泉のことらしく、享保八年(1723年)に編纂を始めたとされる「近江輿地志略」という書に、「湯谷は昔此の地に温泉あり諸病を治す」とあるようです。
彦根城主 井伊直惟により社殿造替、手水舎などが奉納されています。これは享保十七年のこと。
◎「湯」とあると、どうしても「鉄」を連想してみたくなるところ。当地は温泉の「湯」であったのは間違いなさそうですが、古代は「鉄」の「湯」であった可能性も。境内社に金山彦大神を祀る大神宮が鎮座しています。こちらはもう少し麓の旧国鉄の米原機関区内に鎮座していたのを、遷座合祀したとのこと(下部写真参照)。



村社らしからぬ鳥居と広大な境内。

周辺に県社がいくつか鎮座しているために、列格しなかったように思います。




霊泉跡地でしょうか。








こちらが金山彦大神を祀る大神宮。


井伊直惟寄進の手水舎。