氣鎮神社
(けちんじんじゃ)


紀伊国那賀郡
和歌山県紀の川市貴志川町丸栖642
(大多羅乳根神社に隣接、併せて参拝しました)

■祭神
伊邪那美命
大宜都比賣命


「紀ノ川」に「貴志川」が合流する手前の、大きく湾曲してできた低湿地帯、「貴志川町丸栖」に鎮座する社。
◎和歌山県神社庁によると、「氣鎮講(けちんこう)」の講社として祀られ、社伝によれば「唐和二年二月に鎮座した」と。ところが「唐和」という年号は存在せず、誤植あるいは私年号でしょうか。「千数百年の間、講社の守護神として現在に至る」としていることから、西暦900年代に創建されたということかと。
◎「氣鎮」について、「弦鎮または御結と云われて、旧正月16日、渡御行列の終りに6尺程の的をめがけて一列に先がけて神官(主)が払箭一手を射て、次に座中の者の中から年の長幼の順に矢を射たと伝えられている。その文字が弦鎮の字を用いたるにより弦の音にて悪魔を追い払い、降伏せしものでその弓矢を例祭のとき社殿の両脇に飾り後世に伝えている」としています。
大多羅乳根神社に隣接して鎮座。これはかつての当社「西の宮」とされた社で、「東の宮」があり壮大厳格な渡御行列が行われていたとのこと。「東の宮」については現在小学校となっているらしく、おそらく南東100m余りの「丸栖小学校」のことでしょうか。かつての境内地は500坪ほどあったとされ、これは大多羅乳根神社に匹敵するもの。


こちらは隣接する大多羅乳根神社。車はこちらに停めたまま隣の当社へ。

社前の大樹。樹齢500年とのこと。