☆白石の神域
大和国城上郡
奈良県桜井市大字辻
(登拝、アクセス記事は→こちら)
誰が名付けたか「白石の神域」。
白石が円形に敷き詰められ、少し大きな石で外周を囲っただけのもの。
古代の祭祀の様子がそのまま残された、大変に貴重な遺跡、それは「巻向山」山頂の200mほど北北西、標高500m余りの高所にあります。
こんな素晴らしいものが
よくぞ残されたものだとあらためて。
・「三輪山」の北東30度(夏至の日の出方向)
・穴師坐兵主神社のほぼ真東
・崇神天皇陵から南東30度(冬至の日の出方向)
このたった三点だけで、この遺跡がただものではない聖地であるということが分かります。
いつ、誰が、どのような目的で祭祀を行っていたのか、どうやら伝承は無いようです。
結果、推測せざるを得ません。
翻って自由な発想も可能かと。
この辺りであろう場所を「ゲシノオオダイラ」と考えられているのが千田稔先生。
「ゲシノオオダイラ」とは穴師坐兵主神社の旧社地であり、卑弥呼の墓とも言われる箸墓古墳などを含めて「太陽祭祀」が行われていた場所。
おそらく「夏至の大平」ということであろうとされます。
「太陽の道」で一躍脚光を浴びた小川光三氏は、箸墓古墳の中心線と穴師坐兵主神社を結んだ線の延長上がその場所と導き出されており、こちらの説が有力なようです。
千田稔先生は「巻向山山頂」とされていますが、山頂周りは「オオダイラ」と呼べるような「大平」ではありません(後ほど記事UPします)。
この「白石の神域」から急斜面を下ったところ、50mほど西に水神坐水沼神社(後ほど記事UPします)が鎮座します。
ここは「オオダイラ」と呼ぶに相応しい地。
先生はここをおっしゃっているのでしょうか。
ただしこちらも谷間に当たり、西麓から仰ぐような場所でもありません。
この「白河の神域」がある地を大字「辻」に含めました。これはGooglemap上でのもの。
東隣の大字「白河」の境界近くであり、もし実際は大字「白河」に含まれるのであれば、「ダンノダイラ」に住んでいた出雲族の祭祀場の一つであったと考えられます。
水神坐水沼神社は間違いなく大字「辻」ですが。
結局この「白石の神域」とは何なのか…
水神坐水沼神社の社前に広がる「オオダイラ」に、かつて村があったのではないか?
そしてこの「白石の神域」は「太陽祭祀」を行った霊地ではないのか?
周辺の木を伐り倒せば、「巻向山」山頂も「三輪山」山頂も望めたはず。
現状ではここまでかな…と。
今後追々調べていきたいと思います。