吉野山口神社
高鉾神社(たかほこじんじゃ)


大和国吉野郡
奈良県吉野郡吉野町山口634
(P無し、県道28号線沿いに「緑の道しるべ」有り、鳥居まで100m近く)

■延喜式神名帳
[吉野山口神社] 吉野山口神社 大 月次新嘗 の比定社
[高鉾神社] 高鉾神社 鍬 の比定社

■旧社格
[吉野山口神社] 村社
[高鉾神社] 郷社

■祭神
[吉野山口神社] 大山祇神
[高鉾神社] 高皇産霊神 (配祀)神産霊神


吉野山口神社は大和国十四所山口社の一。神名帳では当社も例外無く式内大社に列格しています。およそ500年ほど前に境内に遷座されてきた式内比定社 高鉾神社とともに、二殿が並立する社。いずれも背後の「竜門岳」を信仰の対象にしています。
◎「竜門岳」は標高904m、吉野町と宇陀市との境付近に山頂があり、当社からは3kmほど北側。そこから「龍門川(岳川)」が当社側を流れ、「吉野川」に合流しています。
◎吉野山口神社は他の大和国山口社と同様に、皇室の舎殿用材を伐り出すための山の神として祀られた社。「竜門岳」の麓、つまり山の口に鎮座。ただし「龍門川(岳川)」上流の「岩倉」という地にあったという伝承もあるとか。「岩倉」はもちろん「磐座」のことと思われます。詳細地は調べきれていません。
◎社頭案内には「天候を司る神である天神信仰から天満宮と称えられ」とあり、中世には天満宮とされていたようです。拝殿前の石灯籠には「天満宮」と刻まれています。
◎この「竜門岳」山頂に鎮座していたのが式内社 高鉾神社。現在も小祠が残されているようです。高木神と習合された高皇産霊神がご祭神。「タカホコヂ」という地(中腹か)に遷座された後に、現在地に再遷座されたと伝わります。ところが原初にこのような霊峰である高山の山頂において祭祀が行われたとは考えにくく、修験道の輩たちが霊峰を荒らしてしまい、「タカホコヂ」から山頂へと遷座されたと解する方が自然でしょうか。
◎吉野山口神社が中心に、高鉾神社が左殿(向かって右側)に鎮座。右殿には境内社として意賀美神社が鎮座します。石灯籠には「意賀美神社」と「嶽神社」の二種が刻まれており、こちらも「竜門岳」内からの遷座のようです。

*写真は過去数年に渡る参拝時のものが混在しています。



鳥居横の石碑。「龍門滝」(後ほど記事UPします)と「嶽神社」と。

案内板によると、かつては「龍門滝」の清泉を竹樋で引いていたとのこと。

拝殿ではなく舞殿になるのでしょうか。



「天満宮」と刻まれています。


向かって右側にうっすらと見えるのが高鉾神社。


こちらは吉野山口神社のご本殿。



こちらは高鉾神社。


境内社 意賀美神社







境内社 牛滝社