比婆山久米神社 (下ノ宮、比婆山里宮熊野神社)


出雲国意宇郡
島根県安来市伯太町横屋611
(P有)

■延喜式神名帳
久米神社の論社

■祭神
伊邪那美之尊
[配祀] 速玉之男神 事解之男神



出雲国の内陸部東端、伊邪那美神の墓所と伝わる「比婆山」の麓の社。鎮座地名は「安来市伯太町(やすぎしはくたちょう)横屋」。正式社名は「熊野神社」、山頂の久米神社の里宮(下ノ宮)とも俗称されています。
◎記には━━故其所神避之伊邪那美神者葬出雲國與伯伎國堺比婆之山也 (故に其の伊邪那美神の神避りし所は出雲国と伯伎国の境の比婆山である)━━と記されます。
伊邪那美神が葬られたという「比婆山」は、候補地がいくつか有り。
最有力ともされるのが備後国恵蘇郡(現在の広島県庄原市比和町三河内)と奴可郡(庄原市西城町油木)の境の「比婆山御陵」。そちらは奥出雲町からわずかに備後国に入ったところ。
当地は比較的、伯耆国との境に近いところ。記の記述が正しいとするのであれば当地が有力視されます。安本美典氏等が当地推し。
◎「比婆山」は標高331m(水田からの比高180m)と、神奈備山としては典型的なものかと。頂上には「御神陵」伝承地があり、比婆山久米神社(上ノ宮)が鎮座。山中には霊石「玉抱石」を始め、「神龍石」や「夫婦石」なども(すべて後ほど記事UPします)。
低山ながら山頂からは能義平野、大山、島根半島を一望できます。霊石があり、国土を見渡すことができ、比定するには申し分ないかと。
◎山は三つの峰で構成され、伊邪那美神が鎮ま「御陵峰」、その山を崇拝する「社祠峰」(近年まで「御陵峰」は禁足地であった)、伊邪那岐神に見立てた「妙見峰」があります。
◎当社(下ノ宮)の創建は寛文十三年(1673年)。これは戦禍による全山烏有(すべて焼失)を受けて遷座させたもの。そもそも元から別の社があった可能性もありますが。正徳三年(1713年)に奥宮を再興し遷座させています。当社はそれまでの間に大神が鎮まっていた旧跡として、奉斎が続けられています。

*写真は2016年11月と2022年11月撮影のものとが混在しています。


3台程度の駐車場が設けられています。

「宮前橋」を渡り鳥居へ。












*誤字・脱字・誤記等無きよう努めますが、もし発見されました際はご指摘頂けますとさいわいです。