阿陀比売神社
(あだひめじんじゃ)


大和国宇智郡
奈良県五條市原町24
(P有)

■延喜式神名帳
阿陀比売神社の比定社

■旧社格
村社

■祭神
神阿陀比売大神
火須勢理命(ホスセリノミコト)
火照命(ホデリノミコト)
彦火火出見命


「吉野川(紀ノ川)」が蛇行を始めるその起点となるところに鎮座する社。この先には「芝崎の奇岩」とも呼ばれる名所も存在、上流から流れてきた巨岩で形成された自然の絶景です。
◎当地は「阿陀隼人」が拠点とした地、一族が奉戴した阿陀比売(木花咲耶比売)が祀られるいわば中枢であったと考えられます。
◎紀には次のようにあります(全国神社祭祀祭礼総合調査より引用)。
━━にえもつの里─神武天皇─ 水に縁ひて西のかたに行くに及びて 亦 梁を作ちて取魚する者有り。天皇問ひたまふ。対へて曰さく 臣は是れ苞苴擔(にえもつ)の子なりと。此れ即ち阿太のうかい部が始祖なり━━
「阿陀隼人」たちが「うかい(鵜飼)」を行っていた様子が記されています。
◎一方、記にも同様の記述があります。「阿陀隼人」は薩摩国の「開聞岳」を本拠地とする氏族、当地へと移住してきています。また後裔たちには「宇治川」や「長良川」へ移住した者も。鵜飼の文化が広がりました。また当地の阿太一帯は縄文時代から弥生、古墳と連綿と続く遺跡が点在、非常に重要な地域となっています。
◎「阿陀隼人」たちが拠点とした南九州で、約7300年前に「桜島大噴火」が起こっています。「鬼海カルデラ」と称され、約60cmほどの火山灰が積もり南九州は壊滅的になったようです。この時に紀伊半島に移住したとも言われており、当地は彼らが行き着いた所の一つなのかもしれません。
◎創建は社伝によると崇神天皇十五年とのこと。ただしその由緒や典拠は不明。神亀五年(728年)には藤原武智麿により神戸が寄進されたとも伝えています。
◎ご祭神は阿陀比売神とその御子神が三柱。神名帳では一柱であり、御子神たちは合祀されたものでしょうか。すぐ近くに旧社地とされるところがあり、「比売火懸の森(ひめひかけのもり、別名シメシカケの森)」と呼ばれています。これは阿陀比売(咲耶比売)が出産の際に火をかけて行ったという神話に基づくもの。
◎社殿は近年整えられたようで、姫神を祀るに相応しい美しい社となっています。

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*写真は過去数年の参拝時のものが混在しています。





いつもこのように美しく浄められています。

鵜飼にちなんでユニークな榊立て。




神門手前の「敷拝石」と称されるもの。榊が立てられ奉斎されていますが、内容は不明。いつも分からぬままただ拝していますが。




*誤字・脱字・誤記等無きよう努めますが、もし発見されました際はご指摘頂けますとさいわいです。